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岐路に立つ子ども手当

2009年12月18日

斎藤 哲史

民主党の公約で目玉の1つであった子ども手当が、重大な岐路に立たされている。子ども手当は、日本最大の問題である少子化への初めての抜本的取り組み、という画期的な政策であるにもかかわらず、多くの人がそのことに気付いていないようであり、このままでは単なるばら撒きであると取られかねない。以下では、子ども手当への批判を検証しながら、子ども手当の意味について考察してみたい。

まず、「出生率の引き上げ効果に乏しい」という批判である。子ども手当が出産促進に焦点を当てているのであれば、この批判は正しい。フランスや北欧のように、事実婚を含めると非婚化があまり進んでいない国では、子ども手当は親の扶養能力を高めることで出産を促進する。だが、我が国の出生率低下の主因は、子ども手当とは無縁の独身者の急増(晩婚化・非婚化)だ。もっとも、直接出産促進を狙っているのでなければ、この批判は的を外していることになろう。

「財政負担が大きい」「子孫に借金を残すな」という批判も散見されるが、これは財政赤字に関する誤解といえよう。日本の財政が火の車なのは、政府が民間需要を刺激するために大減税を続けて民間に資金を移転しているからで、国全体では大幅な資金余剰、つまり、民間も政府も有効な投資先を見つけられない状態である。投資先が豊富で容易に見つけられた昔であれば、減税によって民間消費や投資が増大して経済が成長し、減税分の多くを税収増で取り返すことが可能であった。しかし、90年代以降はこのメカニズムが機能せず、財政赤字の拡大に歯止めがかからない。

その根本的な理由は、日本が人口減少という過去に例のない局面に入いったことだ。90年代半ばから1人当たりGDPが増えなくなっているが、今後は高齢化と労働力人口の急減により、さらに厳しい時代の到来が予想されている。この状況では、減税によって民間支出を促しても、投資や消費は喚起されず、貯蓄や借金の返済に回ってしまうだろう。需要回復のためには、日本経済のキャパシティが維持できることを国民に理解させる必要があるが、それには幾つかの方策があり、その1つが“将来の人材育成”である。

社会全体で子育てを支援し、有為な人材を育成することで成長率を高められれば、日本経済にとって明らかにプラスである。これは民間任せでは上手くいかないので、政府が民間から資金を集めて使うことは極めて合理的であり、そのための借金であれば十分な見返りが期待できよう。子ども手当は、人材の量を増やす効果は小さいかもしれない。しかし、子育てをしている家庭の生活安定に貢献し、子育てに投入されるリソースを増やすことで質を高めることができれば、次世代の生産力拡大が見込まれよう。これが実現されるのは先のことになるが、その道筋が見えてくれば、需要が徐々に回復に向かうのではないだろうか。

とはいえ、人材育成のための政府支出が有意義であったとしても、それを子どものいない人たちに負担させることが正当化されるだろうか。

子どものいない人は、「なぜ他所の子どものために負担を強いられるのか」と不満に思うかもしれない。だが、ここで見落としてはならないのは、子どもを持たない人も、高齢者になれば他所の子どもから必ず便益を受けることだ。高齢者だけの社会が立ち行かないのは明らかだし、年金も他所の子どもが拠出する保険料(※1)が原資である。したがって、子ども手当を否定するのなら、老後には年金の受給権を返上し、自活しなければ筋が通らない。

これまでの日本では、子育てをする人に経済的負担を強いる政策が長年に渡って続けられてきた。過剰な人口に悩む国であればともかく、急激な人口減少を前にして焦燥感を募らせる日本が、このような政策を継続するのは百害あって一利なしであろう。政府に求められているのは、子育てが経済的な負担にならない制度の構築であり、その意味で、子ども手当はこの目的に合致していよう。これが本質であるというメッセージが明確に示されれば、多くの国民が、子ども手当が新たな税負担に値する『賢い支出』であると認識するのではないだろうか。

政府与党は、このような論理で国民に説明するのではなく、財源不足や一部の批判を受けて所得制限の導入に傾きつつある。しかし、所得制限が設けられれば、子ども手当の本質が「人口政策の抜本的転換」から、低所得者支援という全く別のモノに変質してしまう(※2) 。これは、子ども手当がこれまでの施策とは一線を画す、長期的ビジョンに基づいた『賢い支出』ではなく、ポピュリズムに基づく従来型のばら撒きだと告白するに等しい。所得制限を主張する政治家は、国民に誤ったメッセージを送り、新政権の画期的な政策を骨抜きにしようとしているのだということを自覚すべきであろう。子ども手当は、今まさに重大な岐路に立っている。

(※1)現役時代に支払う保険料は、親への仕送りという私的扶養を社会制度化したものであり、老後の給付の対価ではないことに留意が必要である。
(※2)再分配政策ならば、給付に所得制限を設けるのではなく、総合課税を導入し、累進性を高めて対応すべきである。

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