地域経済牽引役としての米国の医学校と臨床教育病院

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2009年12月14日

  • 浅野 信久
米国の医療費が高額なことは世界的に有名である。米国の年間医療費は2.2兆ドル(2007年・米国ヘルス&ヒューマンサービス省)に達している。米国国民1人につき、約7,420ドルを医療に投じているという計算となる。対GDP比では、約16%を占める。一方、日本の医療費は、約34兆円で、国民1人当たり約27万円である(2007年度・厚生労働省)。対GDP比では約9%である。総額同士で比較すると、米国の医療費総額はざっと日本の総額の約8倍(2007年の年間平均値1ドル119円で換算)である。ここまで医療費が高水準に至った結果、米国の医療は機能不全をおこし、国民がいつでも公平に享受できる持続性のある社会保障という本来の使命を果たせなくなっているという状況に直面している。今、米国の医療の機能回復を目指す医療改革案が、まさに米国議会で審議の最中である。

ところで、審議の評価には、産業経済的視点という視座に立って医療を考えることも必要ではないだろうか。医療費が世界最高水準にあるということは、それだけの経済パワーによって、米国の医療が雇用を創出し米国経済を支えているという産業経済的機能も無視できないはずである。

ここで興味深いレポートを紹介したい。米国の医学校と臨床教育病院の団体である米国メディカル・カレッジ協会(AAMC)が2008年に作成した「AAMC加盟の医学校と臨床教育病院の経済的インパクト」と題する医学教育機関(医育機関)の地域経済波及効果に関するレポートである。

米国には、131の医学校と約400の臨床教育病院がある。これらの医育機関に全体では、12.5万人の教員、7.5万人の医学生、10.6万人の研修医が活動している。前述の報告書によれば、加盟機関全体では330万人の常勤雇用を創出し、その経済的インパクトは5120億ドルを超えると推計されている。医育機関の経済的インパクトの大きい上位5つの地域を州別に掲げると、ニューヨーク州、ペンシルベニア州、カリフォルニア州、マサチューセッツ州、テキサス州という順である。トップのニューヨーク州には、コロンビア大学やニューヨーク大学の医学校をはじめ、12の学校がある。ニューヨーク州では、臨床教育病院を含む医育機関は47.6万人を雇用し、694億ドルを創出していると推測されている。

実は、このレポートを目にして、日本の「1県1医大構想」を想起させられた。本構想が実行された結果、日本には、大学医学部や医科大学は大学病院を伴い、最低でも各都道府県に1ヵ所はあるはずである。日本でも米国のごとく医育機関が条件次第では経済創出力を持つとするならば、地域経済活性化に医大の持つ潜在的経済パワーを何とか引き出す手立てはないものだろうか。日本も、すでに、医療産業都市、先端医療開発研究クラスター、バイオ医療特区など地方経済の活性化に社会実験的に取り組んできている。日本でも、既存の医育機関を核に据えた地域経済活性化に、再び目を向けて見てはいかがだろうか。今、米国のAAMCは、医学校や臨床教育病院を核に経済的効率性と質の向上の両立を目指すパイロットプロジェクトである「ヘルスケア・イノベーション・ゾーン(医療革新地区)」の立法化に向け、活動している。

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