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アイスランドの教訓

2009年11月17日

佐藤 祐一

世界的なハンバーガーチェーンのマクドナルドが、2009年10月末までにアイスランドから撤退するとの報道が個人的な興味をひいた。アイスランドといえば、昨年の世界的金融危機の波をヨーロッパの中でまともに受けた最初の国であり、危機前の栄光を全て失ってしまった国というイメージが残っていたからである。

なお、マクドナルドの撤退と言っても、同国内で3店舗を運営していた地元フランチャイジーが、通貨安などによる原材料価格の急騰によって採算が取れなくなり事業継続を断念したというものである。もちろん、金融危機以降の同国の経済状況が厳しいことが影響していることは言うまでもない。 

ところで、アイスランドの栄光と挫折について簡単に触れてみたい。同国は、1990年代から今回の金融危機までの期間、一時日本でも議論された「金融立国」に成功した国である。人口は約32万人、面積は10.3万平方キロメ—トール、日本で言えば北海道と四国を合わせた程度の面積に相当する。天然資源に乏しく、かつては漁業・農業が中心の国だった。

その国が1990年代に入って、規制緩和、銀行を含む国営企業の民営化、外資誘致などを積極的に行い、ITなどのインフラ整備を進め、経済構造の劇的な転換に成功した。海外からの資金流入が活発化し、建設ラッシュも起き、金融・不動産部門がGDP全体の4分の1程度を占めるまでに成長した。その結果、同国の一人当たりGDPは1990年代から10位前後を上下していたが、2002年に日本を追い抜き7位、2005年には世界第3位となった。水準のピークは2007年で64000ドル(第4位)となった(ちなみに、日本は同年34000ドルで22位)。

しかし、金融危機の影響などから2009年以降は急激なランクの下落が予想されている(※1) 。栄光が長く続かなかった理由は、大量の外国資本の呼び込みに成功したものの、裏腹に銀行部門の負債がGDP(2008年は約175億ドル)の約10倍にまで膨らんでいたためとみられる。借金の上に築かれた繁栄であったともいえる。

また、通貨危機が起こるまではインフレ抑制のため中央銀行が高金利政策を取っており、アイスランド・クローナは、トルコ・リラ、南ア・ランドと並ぶ高金利通貨として人気があった。こうして外資流入が加速され、通貨が強くなったことで、国民の間では低金利の外貨で住宅ローンを借りたり、その借入金を高金利の国内銀行に預けるなどのマネーゲームが横行、住宅ブームがさらに活発化した。

2008年の金融危機により、流入していた外資が一気に海外に流出するに伴い、アイスランドの通貨は大暴落、住宅バブルも崩壊し、国内には大量の不良債権が発生。金融機関は次々と破綻し、主要な銀行は国有化された。一時通貨の交換も停止される事態となった。残ったのは巨額の対外債務だけということになった。

翻って日本を見れば、90年代には金融ビッグバンが叫ばれ、他国の成功を見て「金融立国」が議論された時期もあったが、結局、現在までのところ実現していない。結果、国際金融市場である東京の地位は90年代よりもむしろ低下したといわれる。

半面、アイスランドの例は金融立国というものの危うさを際立たせる。また、世界最大の金融市場となったロンドンを抱えるイギリス経済が疲弊している現状を見ても同様の感想をもつ。

結局、国際的に動く資金が、一国政府でコントロールできる水準を超えて久しいと考えられるが、そうした中で、金融立国(この場合、野放図な自由化政策という意味に近いかもしれない)を目指すということは、猛獣が住む深いジャグルの中に、素手で飛び込んでいくようなことに思えてくる。

ただ、前述した一人当たりGDPの低落傾向にみられる日本経済の現状を踏まえると、国際的に動く大量の資金をまったく生かさないというのももったいないと思えてくる。金融立国などという切り口ではない、新たな戦略が求められる時代になったと思う。

(※1) IMF:World Economic Outlook Database October 2009

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