2009年10月29日
昨年9月のリーマン・ショックにより、大学の財務は大きな痛手を被った。当社調べによると、平成20年度における主要大学30法人の有価証券処分差額・評価差額と含み損の合計額は、金融資産総額の10%にも達している。
今週発売の「金融ビジネス」2009年秋号(東洋経済新報社)にも、寄稿させていただいたが、大学が今後も資産運用を継続するのであれば、運用体制の再構築は避けて通れない課題である。
「運用規程の整備」や「権限と責任の明確化」は、クリアしていなければいけない最低条件である。しかし、形式的な体制整備だけでは、不十分である。実態として機能する運用体制を構築するためには、「ガバナンス」と「人材育成」と「ディスクロージャー」の3点を強化することが決定的に重要であると思われる。
まず第一点目の「ガバナンスの強化」については、「資産運用委員会」を設置することが望ましいと思われる。「資産運用委員会」は、年金運用などの世界では、既に一般的な運用ガバナンス体制として広く普及し、活用されている組織形態である。具体的には、外部の専門家も含めて、10名以下のメンバーで組織する。議題としては、①前期の運用実績、②次期の運用方針(案)、③最近の金融情勢と運用環境、などについて、年1,2回集まって議論する。
「資産運用委員会」を設置したからといって、日々の運用は制約されない。運用規程に則った運用を行うのは当然だが、いちいち運用する際に、委員会にお伺いをたてる必要はなく、期初に「資産運用委員会」で議論された運用方針(案)の範囲内で、機動的に運用を実行すればよい。場合によっては、「自由な運用が制約され、手間もかかり、煩わしい」というネガティブな意見が、運用担当部門から出てくる可能性もあるが、ガバナンスというのは、そもそもそういう物であり、一定の外部からの監視があってこそ、チェック機能が果たされるというものである。
第二点目の「人材育成」については、①人員増強と予算補充、②スキルアップの支援③在任期間の長期化と後任の育成、の3つがポイントとなろう。いくら「資産運用委員会」を設置したり、外部委員を入れてチェック体制を万全にしたりしても、当の運用担当部門の人材がしっかりしてなければ、運用体制としては十分とは言えない。そういう意味では、「ガバナンスの強化」と「人材の育成」は、車の両輪であり、運用担当部門のレベルアップなくして、学校法人の資産運用体制の強化はあり得ないであろう。
第三点目の「ディスクロージャーの推進」については、開示すること自体がチェック機能を果たすことが期待できる。資産運用状況について情報開示するということは、外部に対しても説明責任を負うことを意味する。そうなれば運用当事者も開示することを念頭に資産運用を行うことになり、自ずと過度な積極運用に対する抑止効果が働くと思われるからである。
過去の運用結果だけを取り上げて批判するのは簡単である。しかし、それでは前向きな議論はできない。今こそ、将来のために、「学校法人の運用体制のあるべき姿」について徹底的に議論し、再発防止策をすぐにでも実行に移しておくべきであろう。抜本的なガバナンス強化、運用部門の人材育成、及びディスクロージャーの推進が求められている。
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