未知に挑む能力を育てるには

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2009年09月28日

  • 新林 浩司
日本銀行の調査レポート(※1)によると、このところ貨幣流通枚数の伸び率が低下傾向にあるそうだ。低下の理由は景気低迷による個人消費の冷え込みなどにあるとしているが、電子マネーをはじめとする電子的小口決済手段の普及が影響している可能性も同時に指摘している。また造幣局の統計(※2)を見ると、貨幣の製造枚数もこの数年間ゆるやかな減少傾向にある。電子マネーがさらに普及するようになれば、財布を開く場面が減り、人は小銭を持たなくなるのだろうか。

過去10年ほどの情報技術の発達は人の行動を急激に変化させている。飲み会の支払いはクレジットカードが当たり前で、参加者間の精算も携帯電話からの振込み操作によってその場で済ますことができる。昔は見たいテレビがあれば放映時間に茶の間に座っていなければならず、時間と空間の制約が存在したが、今やどこに居ようと録画した番組を携帯端末で楽しむことができるし、簡単なボタン操作で最終回まで全話の録画を設定し、しかも再生時にはコマーシャルをスキップできる。通信機能が付いた携帯型ゲーム機を持ち歩いて見知らぬ人との対戦や情報の交換も可能となった。電子化情報化による道具の進化は生活やビジネスの基盤を大きく変え、これまで則ったルールや慣習が通用しない状況を生み出している。

見過ごせないのは、世代間で大きな意識の違いが生じつつあることだ。生まれ育った環境が全く異なるため、新しい世代にはこれまでの前提が通用しない。生まれたときから携帯電話に触れてきた世代は、戸外に歩いて出るだけで自宅にあるコードレス電話の接続が切れることに驚く。コードレス家電は非接触の充電方式が増え、電気は繋がないと流れないものだという意識すら薄れてしまう。そのような環境に育ってきた若い世代は、大人の常識に縛られない行動を採ることができる。今の状況が進めば、自分たちの行動規範や価値判断基準がスタンダードだという大人の自負が成り立たなくなる“観念破壊”が随所に見られるようになるだろう。

このように世の中が大きく様変わりし、従来とは全く異なる世界に突入すると、先人の知恵がそのままでは通用しなくなる恐れがある。ビジネスの世界においては、直面する課題の解決に際して過去の知識や成功体験が役に立たたなくなる。過去の経験則が使えないばかりか、自社の事業戦略に活かすために競合他社を調査研究したところで、そのエッセンスは急速に陳腐化し参考にならない事態が起こりうる。学校教育においては、歴史に照らした教えだけでは急速に変わり始めている世界に対処できなくなるため、今までは無かった仕法やマナーを含めた新たな教育体系を追加する必要が生じる。

将来は過去の延長線上にある訳ではなく、想像を超えた世界へと変貌を遂げるのであれば、連綿と築かれた過去の知識をどれほど有しても優位性は得られにくい。今後は、保有する知識や情報の多寡ではなく、起こりうる未知の変化に柔軟かつ迅速に対処するための処理能力が真に問われることになるだろう。そのためには既存の答えに到達するためのパターン化された教育ではなく、模範解答が存在しない状況下で最適解を見出すための能力育成が大人にも子供にも重視されよう。

(※1)日本銀行 「最近の電子マネーの動向について」2008年8月

(※2)造幣局 貨幣に関するデータ

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