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再燃する退職給付問題と企業対応の行方

2009年07月23日

柏崎 重人

主要企業における退職給付(退職金・企業年金)問題に関する報道が目立つようになってきた。かつて退職給付に関する企業の財務リスクが最も大きく懸念されたのは、退職給付会計基準導入後の01~02年度(=最悪期)であったが、03~06年度にかけて全体として同問題は改善基調を強めてきた(※1)。しかし07年度以降の金融危機に伴う市場環境の悪化と08年度後半以降の企業業績悪化を背景に、企業の退職給付問題に再び焦点が当ろうとしている。実際、主要上場企業における08年度末の退職給付債務の未積立額(退職給付債務-年金資産)は、21.4兆円と最も改善を見せていた2006年度の11.1兆円からほぼ倍増した格好だ(図表参照)。08年度の退職給付費用計上額は2.9兆円(前年度比8,000億円増)にとどまるが、今後、償却が必要な未認識債務総額は13.9兆円にまで拡大、約1兆円と未認識債務が解消寸前であった2006年度末に比べて隔世の感がある。未認識債務の急拡大は翌年度からの償却負担増を示すだけに、今後の退職給付費用増加が懸念される。このような状況を背景に、企業が確定拠出年金への移行等抜本的な対応に乗り出す可能性が指摘されている。

主要上場企業における退職給付債務・費用等の状況推移(一次集計ベース)

一方で、年金基金或いはその母体企業の反応は最悪期に比べると遥かに冷静のように思われる。その理由の1つに、退職給付に関わる負担を示す指標は悪化したとは言え、04年度前後の水準に戻ったに過ぎず、最悪期の水準には達していない点が挙げられる。図に示す通り、未積立額や退職給付債務/株主資本はほぼ04年度と同水準だ。一部の大企業が巨額の赤字に陥ったために退職給付費用/経常利益は03年度に近い水準だが、それでも最悪期ほど悪くは無い。代行返上や団塊の世代の引退により退職給付債務の規模が小さくなっているから、今後、市場・経済環境が更に悪化しても最悪期の水準に達する可能性は低いと考えられる。

加えて、(1)最悪期に比べれば大企業の手元流動性には余裕がある、(2)母体企業において年金資産の運用リスクに対する理解が進んだ、(3)割引率の引下げリスクが限定的、という面も見逃せない。(1)に関しては、03-07年度の好業績により株主資本が増大、有利子負債の返済が進んだことが背景にある。また、金融不安から貸し渋りが問題となった最悪期に比べれば金融システムの健全性も改善している。母体企業に追加拠出の余力があることが、最悪期ほど危機感が高まっていない要因の1つになっているようだ。(2)に関しては、退職給付会計導入から9年が過ぎたことが重要ポイントだ。最悪期には同会計基準変更時差異の償却負担が重かった上、母体企業において運用リスクに対する理解が乏しかったためにややパニック的な反応も散見された。以降、年金資産の運用に関する母体企業の理解とリスク管理体制は大きく改善したと考えられる。リーマン・ショック後の急速な運用悪化に関する情報は、錯綜することなく母体企業の経営者等に迅速かつ正確に伝えられ、パニック的な対応を回避できたケースが多かったのではないか。(3)に関しては、日本の会計基準の特殊性が関係している。退職給付債務の測定に用いる割引率は市場金利に連動するのが原則だが、最近まで移動平均を用いることが許容されていた。最悪期は金利低下の最終局面であり、移動平均に基づく割引率は低金利を十分に織り込んでいないことが少なくなかった。そのため、割引率引下げによる債務拡大リスクが残っていた。しかし、昨今では割引率は市場金利とほぼ変わらない水準まで低下している。絶対水準が2-2.5%だから、現状以上の割引率低下リスクは限定的と言える状況だ。

こうして考えると、財務危機に陥っている一部の企業を除くと、昨今の状況を受けて給付の大幅改定や確定拠出年金への移行のような抜本的な対応が急速に進む、とするのはやや早急な結論と言えそうだ。ただ、本年3月期決算において、政策保有株の評価損や在外子会社に関する為替差損と併せ、退職給付が企業のバランスシート(BS)の健全性を大きく損なったのは事実だ。BSを重視する傾向の強い遠くない将来において国際会計基準の導入が視野に入ってきた今日、退職給付問題の重要性が大きく低下することはないだろう。退職給付問題に対して企業で採られる方策としては、切迫感に駆られて動くというようなものではなく、冷静な議論と腰を落ち着けた対応が進む可能性が高いと言えるのではないだろうか。

(※1)日本企業の退職給付問題が収束した要因は、(1)厚生年金基金の代行返上、(2)給付債務負担を抑制する制度改定など財務リスク抑制策が各社で採られ、一方で(3)景気回復に伴う業績改善と財務健全性の回復、(4)好調裡に推移した資産運用により年金資産が積上がったなど多岐に亘る。

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