SDR議論の解釈

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2009年06月24日

  • 尾野 功一

昨秋以降の世界的な金融危機は、各国の経済・金融対策によってひとまず落ち着きを取り戻した。危機直後は新興地域への不安が高まったが、危機の沈静化に伴い浮上しているのは、2008年前半までにもみられた基軸通貨としてのドルへの不安である。

最近になって、中国やロシアなど外貨準備を豊富に保有する国は、外貨準備価値の保全のためにドルレートの安定を望みつつも、外貨の通貨分散を示唆する発言を行っている。これと関係することで、このところよく耳にするのは「SDR(IMFの特別引出権)」である。SDRは現在ではIMFの価値表示単位などに用いられており、米ドル、ユーロ、英ポンド、円から構成される。経済危機国への支援財源を確保するべくIMFは近く創設初の債券発行を計画しており、中国やロシアなどは通貨分散の観点などからSDR建て同債券の購入を表明している。

これは、一部でささやかれる基軸通貨としてのドルの地位低下を暗示するのだろうか? 基軸通貨は、(1)計算手段、(2)交換手段、および(3)価値貯蔵の点で中心的な役割を持つ。運用対象の通貨分散は(3)の機能低下を意味し、仮に国際機関等が原則的にSDR建ての債券を発行するようになれば、これが部分的にあてはまる。だが、(1)や(2)についてはより長期的に変化するものであり、今日2国間貿易において実際の貨幣が存在せず用途が限定されるSDRが、ドルないしはユーロよりも好んで使用される可能性は低い。基軸通貨は「定める」ものというよりは、むしろ「選ばれる」ものである。

そもそも、漠然としたドル離れのイメージは、客観的データからは必ずしも支持されない。新興地域の外貨準備に占めるユーロの比率は、ユーロ高によるドル換算価値の増大の影響を除去すれば、2005年以降はむしろ低下傾向にある。そして、ユーロ導入以降の新興地域の為替制度は、対ユーロ連動制採用国の増加数よりも、対ドル連動制採用国の増加数の方が多い。数十年後の姿は不明だが、単なる循環的なドル安への不安を根拠に基軸通貨の変化を展望するのは不自然である。有力国の多くがドル使用を控えるようにならない限り基軸通貨の変化は起らず、現時点でのSDR議論は公的外貨を過度に保有する国の価値保全の悩みに過ぎないといえる。

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