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金融危機勃発と有効需要不足

2009年04月14日

柏崎 重人

かつて筆者は当コラムで、金融危機の主因を探るため、先進5カ国における金融の膨張状況を簡易分析した。ここでは、米英仏独の過去12年(95~07年)における金融仲介機関の総資産がGDP比で見て趨勢的な上昇傾向を辿り、これが限界に達して逆回転を始めたのが今般の金融危機に関する本質の一面、との結論を得た。今回は日本について見てみよう。

日本の同比率は95年以降ほぼ横這いで推移しており、少なくとも近年において日本は信用膨張やとは無縁であったと判断できる。しかし、同比率はバブル経済期の20年程度前から既に高水準(5倍前後)にあり、以降も高水準を維持した。これをさらに遡ると、70年代からバブル経済期までの約20年の間、預金取扱機関を中心に金融肥大化が続いたことが分かる(※1)(下図参照)。

金融仲介機関の対名目GDP比(内訳推移)

この状況は70年代初の列島改造期から顕著に始まる不動産価格高騰と無縁でない。60年代初から実体経済(GDP)を上回るペースで上昇していた不動産価格は、70年代に入ると加速、80年代央からは正にバブルと呼ばれるに相応しい急騰を見せた。これが不動産を中心とした資産担保ファイナンスと、それに伴うマクロ的な預貯金急拡大に繋がったと考えられる。後に「土地本位制」などと揶揄されるほど、日本では不動産と金融の関係は深いものになった。

ここで注目すべきは、バブル崩壊により金融膨張が終焉した後は、総需要不足から実体経済が長期に亘り低迷を余儀なくされた点だ。高騰した不動産を高値で売抜け、最終的に損失を被らなかった「勝ち組」は巨額の預貯金等を中心に金融資産を積み上げた。金融膨張期の70~91年における不動産売却益の具体的な水準および全体像は明確ではないが、家計部門の不動産売却純額だけでも累計で約125兆円に達した計算になる(国民経済計算より:70~91年の累計)。当時の金利水準等を考えると、この125兆円という金額はバブル崩壊の時点ではその2~3倍に増大していたと考えられる。

家計部門の不動産売却純額(推移)

一方、高騰した不動産を高値で購入して結果的に損失を被った「負け組」は、残った債務の返済に専念することになる。消費を抑制して債務返済を急ぐために「負け組」による有効需要は縮小を余儀なくされる。「勝ち組」が積み上げた預貯金等が消費に回れば全体としてバランスが取れるが、実際には大半が預貯金等のまま金融機関に凍り付いてしまった。積み上がった預貯金等が貸付等のファイナンスを通じて市中に回れば設備投資などの有効需要拡大に繋がるが、全体として消費など需要が縮小している局面では投資意欲も高まらない。結果、日本の銀行等では90年代央から預貸率の低下が鮮明になっている(※2)

すなわち、金融肥大化というバブルが崩壊する局面では、「勝ち組」の預貯金等を余程上手く活用しないと、「負け組」の有効需要減少分を補填できない。結果として、実体経済で需給ギャップが拡大し、不良債権の発生とその処理に伴う貸し渋りがもたらすデフレ圧力を一層深刻化させることが懸念される。バブル崩壊後の実体経済運営において非常に重要なポイントと言えよう。今般の金融危機では、欧米諸国を核に世界中で金融膨張の限界が顕著になった。特に預金取扱機関を中心に金融拡張が見られた国々では、デフレ圧力に要注意と指摘しておこう。

(※1)連続した統計データが確認できるのは79年以降だが、旧統計のデータから70年代初から急速な膨張が始まったと判断可能。

(※2)その貸出減少分は、度々増発された国債の購入によってバランスが取られた点は指摘するまでもない。

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