1. トップ
  2. レポート・コラム
  3. コラム
  4. 後期高齢者医療制度における保険料の年金天引きは問題なのか

後期高齢者医療制度における保険料の年金天引きは問題なのか

2009年02月12日

齋藤 哲史

後期高齢者医療制度(長寿医療制度)における保険料徴収は、一部を除き(※1)、年金からの天引き(特別徴収)が原則だ。ところが政府は、昨年10月に条件付き(※2)ながら口座振替による支払いを認め、さらにこの4月からは、無条件で口座振替を選択できることにした。

「年金から保険料を天引きされると生活ができない」や、「年金の記録漏れ等によって支給額は減額されたのに、徴収は有無を言わさず強制的に行われることに納得いかない」といった年金天引きに対する国民の反発が強かったことから、支払方法の変更について、政府が配慮したものと思われる。

しかし費用対効果が高く、それ故保険者である自治体の大半から支持されている年金からの天引きを、敢えて口座振替との選択にする必要があったのだろうか。

年金から保険料を天引きされると生活できないというが、それは支払い方法の問題というより、保険料水準が所得に見合っていないことが原因であり、そうした人たちに対しては、保険料を軽減又は免除すればいいだけのことだ。

同様に、年金支給額が政府の杜撰な対応によって減額されたから、天引きに納得いかないという反論も、天引きを拒否する理由にはならないだろう。多くの高齢者が、社会保険庁の不祥事や政府の不誠実な対応に、怒りを爆発させたのは心情的には理解できる。しかし、年金の不祥事と医療サービスの対価である保険料は異なる次元の話であり、年金の問題はあくまで年金の中で解決すべきである。第一、このような理屈を持ち出せば、(無駄使いが多い)税金の源泉徴収など以ての外ということになろう。それに加えて、年金天引きを口座振替に変更しても、支払う保険料は同額であり、実質的には何も変わらない。どの道、保険料を払うのであれば、残高を気にする必要のない天引きの方が高齢者にとって都合がいいだろう(※3)

そもそも保険料の徴収で年金天引きが採用されたのは、主に2つの理由からであり、1つは保険料の取りっぱぐれを防止するためである。現時点で、年金天引きを導入していない市町村国保の収納率は約90%(H18年度末)、国民年金が約64%(H19年度)であるのに対し、年金天引きを導入している介護保険の収納率はほぼ100%だ。制度に対する信頼および持続性を維持するためには、保険料の取りはぐれは少ないほどよく、効率の高い手段をわざわざ非効率なものに変える意味はないだろう。

残る1つは行政コストの削減だ。口座振替にすると、金融機関への手数料が必要となるため余分なコストが発生する。口座振替を選択した人に手数料を転嫁するのであれば問題ないが、実際には税金から支払われており、無駄が生じているのは明らかである(今回の変更に際し、介護保険でも口座振替を導入しようという主張があったが、支払い方法の変更に伴う膨大な実務負担を危惧した多くの自治体が反対を表明(※4)し、この件は立ち消えとなった)。

このように年金天引き以外の支払方法には何らメリットがなく、政府の効率化が求められている現在、敢えて無駄な支出を増やす必要性は見当たらない。年金天引きに反発した人たちは、こうした事実をしっかり踏まえたうえで反論すべきであろう。

英語の表現に、"Elephant in the room(部屋の中の象)"という言葉がある。誰の目にも明らかなのに、皆が存在しないかのように振舞っていることだ。後期高齢者医療制度が創設された背景には、増え続ける高齢者の医療費を、現役世代が負担する仕組みではもはや持続不能ということがあった。急速な人口の高齢化を考慮すると、高齢者医療費をどのように賄うかが、日本の将来を左右する大問題であることは明らかであろう。筆者にとって天引き問題は、象(不都合な真実)を直視したくない人たちが、目をそらすために敢えて持ち出してきたとしか思えない。そんなことをしても、真の問題は悪化していくだけなのであるが。

(※1)公的年金の受給額が年間18万円未満であり、かつ介護保険料と合算した保険料額が年金額の1/2を超える者は、納付書や口座振替による支払い(普通徴収という)となる。

(※2)これまで2年間、国民健康保険の保険料の納め忘れがなかった場合、又は年金収入180万円未満で、世帯主や配偶者が本人に替わって口座振替で支払う場合。ちなみに、平成20年10月において、年金からの支払い件数約669万件中、口座振替へ切り替えた件数は約19万件であった。

(※3)保険加入者にとって年金天引きが、実は親切な制度である点も見逃せない。後期高齢者医療制度では、保険料を1年間滞納すると原則として、医療費の窓口負担が10割となる「被保険者資格証明書」が発行され、事実上の無保険者となってしまう。しかし天引きであれば、無保険者の発生は防止可能であり、その意味では、現在天引きの対象から外されている低所得者ほど、天引きの対象にすべきである。

(※4)全国市長会によると、現行の年金天引きを支持する市区は約9割にのぼるという。

<参考>
『後期高齢者医療制度は“破綻救済”が目的!』

このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加