ブレトンウッズⅡの行く末は

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2009年02月06日

  • 柏崎 重人

アメリカ発でサブプライム問題が顕在化した2007年から2年近くが経過、当初は百花繚乱気味だった各種論評でも、ようやくコンセンサスができつつあるようだ。もっとも、個別の問題では議論が収束する兆しが見える一方で、マクロ的な分析や評価内容については主張が異なり、その処方箋や将来像の描き方にはまだ統一的な見方は確立されていない(ある意味で当然だろうが)。

筆者が対立した考え方の背景として非常に重要と考えるポイントは、いわゆる「ブレトンウッズⅡ」体制の持続可能性の問題(あるいは今般の危機の原因が同体制の前提となるグローバル・インバランスにあるのかどうか、という問題)だ(※1)。実際に今般の金融危機勃発でブレトンウッズⅡの構図は揺らいでいるが、果たして危機が過ぎ去った時点で同構図への回帰は可能なのか、あるいは一時的に回帰したとしても同構図の維持はその後も可能なのか。
この問題は、相似形として日米貿易摩擦など日米間不均衡問題を巡って古くから論争の的になってきた。1980年代央にポール・クルーグマン教授が指摘した「サスティナビリティ問題」などはその代表例だ。この「サスティナビリティ問題」は、「アメリカの対外債務に対する利払いが貿易赤字の削減幅以上に大きくなる」または「アメリカの長期名目金利が名目経済成長率を上回る」とアメリカの対外債務の対GDP比が発散して無制限に拡大するというものだ。逆に「貿易赤字削減額>対外債務利払い」、「名目経済成長率>名目長期金利」であれば、アメリカの対外債務は収束するので維持可能ということになる。
言い換えると、アメリカの経済成長率が高水準で、所得収支の黒字が維持できれば、経常収支赤字の継続は問題とならずブレトンウッズⅡ体制の維持が成り立つ。そして、これをベースにアメリカなど先進国が成長すると同時に、輸出主導による新興諸国の経済成長(あるいは農業国から転進して工業国としての経済発展)が可能になり、世界経済全体がWIN-WINの関係の中で発展していく、という論法が展開可能になる。
しかし、筆者は諸条件を前提にしないと成り立たないブレトンウッズⅡへの完全な回帰、あるいは同体制の継続的な維持は難しいとするのが妥当と考える。その理由は、アメリカ側の問題というよりもアメリカをファイナンスする資本提供国、つまり経常収支黒字国(=資本収支赤字国)側にとって継続し難い事情が指摘できるためだ。

第一は、アメリカの所得収支の黒字維持という前提は、累積する対外債務の利払い負担を上回る高い(しかもかなり高い水準の)リターンを対外資産から獲得しなければならないことを意味する。単純化すれば、資本提供国(経常収支黒字国)側は比較的低リターンのデットでアメリカに投資をし、アメリカは比較的高リターンの直接投資や株式への投資を中心に諸外国へ投資することが必要になる。大胆に言えば、資本供給国では自国通貨高によって自国通貨建て資産価値が目減りするリスクに晒されているデット資産を積み上げ、逆に資本提供国の企業や不動産などのエクイティを継続的にアメリカに差出し続けることが前提というわけだ。
この構図を日米間に置き換えると(実際にもそういう傾向が既に見られるように)、日本では為替リスクさらされているアメリカ連邦国債を積み上げ、逆に日本企業はアメリカのファンドなどにM&Aを含めて株式を獲得される状態が続くことになる。ここ数年、日本や欧州大陸国で対外直接投資(FDI)規制論議が行われたように、赤字垂れ流しの見返りに重要な自国企業の所有権が移転する事態に際し手を拱いて見ているわけには行かない。また、中国など資本供給国が相次いでSWFを設立し、エクイティ投資を積極化する姿勢を見せ始めたことは、同構図への対抗策(試み)と位置付けることができるが、資本供給国側の中国がSWF投資でアメリカなどから高リターンを獲得することは、行き着くところブレトンウッズⅡの前提とは矛盾することになる。

第二は、アメリカの通貨ドルに対する自国通貨高を回避するために(※2)、引き起こされる問題だ 。経常収支が黒字の資本供給国側は、(1)自国通貨高を受け入れるか、(2)為替介入を行って国(又は中央銀行)にドルを集中させるか、(3)民間部門に対外投資(金融仲介機関における対外資産を保有)促すか、の選択を迫られる。(1)は輸出産業への悪影響、(2)は国又は中銀のリスク資産肥大化、(3)は民間金融機関が為替リスクを負うことなどによる国内における信用供与に伴うリスク許容度低下、といった問題をそれぞれはらんでいる。
例えば、(2)で投資したデット資産を中央銀行ベースマネーの裏付けに、国内の貨幣供給量を増加させると、インフレを招く可能性が高まる(※3)。必ずしも問題ばかりではなかろうが、これは経済的な混乱を受け入れることになるし、金利高からいずれは自国通貨高を招く結果に終わるのでないか。また、不胎化を前提としても当局が介入を推し進めることは、自国通貨建て資産価値の下落リスクを大きく高め、資産内容の劣化という問題を引き起こす。
よって継続的に資本供給国全体で対外デット資産残高を拡大するには民間部門による資産保有が有力な選択肢となるが、全体としてマネー供給が国内的にスムーズに実施されないと、金融的な信用収縮を招くリスクがある。資本割当制約を前提に金融仲介機関が外貨建資産を積上げると、国内に行き渡る実際のマネー量が減少する事態を招来することもあるのだ。実際、日本の金融仲介機関の総資産残高(名目ベース)は、ここ10年の間でほとんど変化がない(※4)。これに対して、対外資産残高は趨勢的な増加傾向を見せており、当該残高分だけ国内経済に回る実際のマネーが縮小している勘定になる。

デメリットを上回るメリットが資本供給国側で享受できている限りにおいて、ブレトンウッズⅡは維持可能だが、同体制が継続すればするほど、同体制の範囲を拡大すればするほど、資本供給国側におけるストレスは積み上がる。結局、以上のことはこれまでの資本供給国側で「資本」または「内需」のどちらかを提供する問題に帰着するが、「内需」の提供にバイアスを置く必要性が高まるのは、ある意味で当然のことではないだろうか。

(※1)ブレトンウッズⅡとは、2003年頃にアメリカの経済学者マイケル・ドゥーリー教授らが概念化したもので、21世紀に入って以降の国際経済秩序として提唱されたものだ(「新ブレトンウッズ」と呼ばれることもある)。長らく「双子の赤字」と揶揄されてきたアメリカの経常収支赤字と財政赤字を、他の周辺諸国(日本・中国・アジア諸国など)が「グローバル貯蓄過剰」で支える構図を描いたもので、これはアメリカ一国における旺盛な消費需要に牽引されて周辺諸国の輸出産業が発展、周辺諸国は輸出で得たマネーを今度はアメリカ経済のさまざまな資産の購入に向けて還流していく。アメリカの赤字はこの還流する膨大なマネーで維持可能性を担保されていると同時に、この資金還流はアメリカの長期金利を低位安定させ、さらにアメリカの経済成長を支え、周辺諸国の輸出を一層ドライブする、というものだ。

(※2)なお、仮に自国通貨高を受け入れるのであれば、対アメリカで投資したデット資産の自国通貨建価値は目減りするため、資本供給国は分かっていて断続的に為替損失を出し続けることになり到底受け入れ難い。また、自国通貨高になれば、グローバルインバランス(ブレトンウッズⅡ)はいずれ解消されるということに帰着する。

(※3)無論、昨今の日本のようにベースマネーの増大が必ずしも市中のマネー量増大に結びつかない状態も考えられるが、ここでは標準的な理解に止めておく。

(※4)無論、この事態を引き起こした原因は様々なものが考えられるので、別の問題として捉えることも必要である。

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