新興国経済の過大評価

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2008年11月19日

  • 牧野 潤一

過去数年、新興国の台頭から、多くの専門家は新興国の成長が世界経済を牽引していると主張してきた。こうした議論は今になってみれば行き過ぎであったと認識されてきているが、彼らはなぜ過大に評価してしまったのだろうか?

多くの専門家が新興国を過大評価してしまった理由の一つは、その評価において購買力平価を用いていたからと思われる。購買力平価を使えば、新興国の経済規模は2~5倍に膨らむからである。購買力平価とは、同一の財・サービスであれば同一の価格となるという一物一価を前提として計算される為替レートである。例えば、散髪代を考えてみると、日本では1000円(千円カットの店)で出来るが、中国では10元程度である。この場合、購買力平価は100円/元と計算される。しかし、実際の為替レートは15円/元程度であるから、購買力平価は市場レートの6.7倍にもなる。そしてこの購買力平価を使えば、理髪業GDPは、現実のGDP(市場レート評価)の6.7倍にも膨らむのである。

こうした過大評価は、工業製品では小さく、サービスで大きくなる。これは工業製品は貿易財であり国際競争に晒されるため、内外価格差が生じ難くいのに対し、サービスは非貿易財であるため国際的な価格裁定が働かないからである。従って、購買力平価ベースでみると、工業製品を生産する製造業GDPは適正に評価されるが、非製造業GDPは過大となる。つまり、新興国経済は非製造業の過大評価によって水膨れすることになる。結果、産業構造も、現実のものとは似ても似つかない歪んだ姿となってしまう。

仮に購買力平価GDPを信じるとしても、過大評価となっているサービスは非貿易財であるため、それがいくら大きくなっても、世界経済にとってはあまり意味がないだろう。どんなに理髪業のGDPが大きくなっても、それが世界経済を牽引しているとは言えない。

これまで海外の経済規模や収益を評価する際、大方、エコノミストは購買力平価を用い、企業アナリストは市場レートを用いてきた。企業アナリストが購買力平価を用いない理由は、それが非現実的だからである。購買力平価はあくまで一物一価が達成される“遠い将来の”為替レートであるから、当期に生じた利益を円やドルに換算する際に、実際には存在しない購買力平価を用いても全く意味が無いのである。これはマクロにも当てはまる。GDPとは国全体の粗利益であるからである。

一般に、購買力平価は、家計や国単位での相対的な暮らしの豊かさや福祉を見る上で利用されるものである。目的にあった正しい使い方をしなければ、現実を見誤ってしまうことになる。グローバル化の中で、各国経済の評価には冷静な分析が望まれる。

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