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教員採用汚職事件と地方分権

2008年09月04日

山中 真樹

ここもと大分県において教員採用に係る不正・汚職事件が発覚し、教育界のみならず世間一般においても非常に大きな波紋を引き起こしている。もとより筆者自身、新聞等の報道で概要を知るのみであり、確定判決前の段階でもあるので、軽々しく論ずる訳にはいかないことは承知しているが、報道されていることが事実であれば言語道断の出来事であると言わざるを得ない。

何も教師は聖職者であるなどと申し上げるつもりはないのであるが、教員の採用に関し教師や教育委員会関係者が贈収賄で起訴されるとの事態は遺憾極まりない。不正操作によって本来合格であったにもかかわらず不採用となった受験生も気の毒であるが、最大の被害者は教育を受けている子供たちであろう。採用基準を満たさない者に教えられたことも可哀相であるが、公正や正義を指導すべき教師がこのような不正に関与していたことを知った心理的なトラウマは生涯にわたって癒されることがないのではなかろうか。

そしてこの問題は、教育委員会制度は本当に機能しているのか、より根源的には我が国において地方分権は本当に実現可能なのかという疑問すら感じさせる。

教育委員会制度は戦後、教育制度の中立性の確保や地方分権化等を目的として創設されたものである。もともとの淵源をたどれば、終戦直後日本の占領政策を担ったGHQ(連合国軍総司令部)の方針に行き着くものである。戦前の軍国主義教育が国家主導で行われたことへの反省から生まれたものである。GHQによる日本弱体化政策だとの批判もあろうが、教育の民主化、地方分権化という理念は昨今の地方分権推進論の先駆的な意義があるといえよう。しかしながら、教育委員会制度については制度の発足当初からその実効性等につき疑問が呈されていたこともまた事実である。教育委員会制度存続を前提とした機能強化案もある一方、制度そのものの廃止を主張する意見も根強いように見受けられる。

現在、我が国では地方分権化の是非が国民的な論点となっている。昨今の我が国の閉塞感の原因のひとつが中央集権型国家体制にあるとして、地方分権推進派が大勢を占めている。中央集権維持、地方分権反対との意見は殆んど見かけない。

ただ、地方分権が望ましいにしても、現在の地方行政組織が分権化の担い手としてふさわしいかはまた別の問題である。今回の大分県の問題は特殊例外的なものとは必ずしも言えない。贈収賄には至らなくとも、教員採用試験の結果を事前に県議や市議等に連絡していたケースが相次いで発覚している。悪しき縁故主義としか言いようがない。地方分権の推進という大きな流れのなかでその担い手はどうあるべきか、この点についても国民的な議論が深まることを期待したい。

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