社会保障の費用は誰が負担するべきなのか

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2008年08月28日

  • 齋藤 哲史
社会保障給付費が増加を続けている。中でも、年金や医療をはじめとする高齢者給付費の伸びは著しく、給付費全体の7割を占めるに至っている。日本の社会保険における財政方式は、現役世代の支払う保険料で高齢者世代の給付を賄う賦課方式を基本とするため、少子高齢化が進行すると、現役世代の負担が一層重くなることは避けられない。

人口構造が大きく変化していく中で、社会保障を今後も持続可能としていくにはどうすればいいのか、議論は尽きないが、こういうときには現行制度に執着せず、白紙に戻して考え直すことが効果的だ。

社会保障が完備していなかった時代の老後の生活費は、自分が育てた子どもからの仕送りが主であった。たくさんの子どもを生み育てることは、老後の生活費を確保するための一種の保険だったわけだ。ただし個々で見ると、子どもが夭折したり、十分な所得を得られないといったリスクが存在する。このリスクを社会全体で分担するために、家族内の所得移転の構図を社会全体(※1)に拡大し、世代間の所得移転としたのが賦課方式なのである。つまり、賦課方式における給付とは、子どもを育てた対価であり、現役世代が拠出する保険料は、子から親へのお返しを意味しているのだ(※2)

ここで、子どもが減ると親への仕送りはどうなるか、子ども4人で両親を養うA家族と、子ども1人で両親を扶養するB家族のケースを例にあげて考えてみよう。

子どもの月収が10万円で、そのうち1割を両親への仕送りに回すとする。A家族の両親は、子ども4人からそれぞれ1万円ずつ計4万円を受け取るのに対して、B家族は子どもが1人しかいないから、両親の受け取り額は1万円である。B家族の両親が、A家族と同じ4万円を必要とするのであれば、所得の4割を仕送りに回してもらうか(子どもの負担は増加)、それとは別に貯蓄(積立)が必要である。ちなみに、A家族の姿が一昔前の日本社会であり、B家族の姿が日本がこれから迎える社会である。

ここから費用分担のあるべき形が見えてこよう。現在の少子化(B家族の増加)をもたらしたのは先行世代(凡そ1930年生以降)であり、これは世代全体による意思決定なのだから、所得水準の変化分を除くと、年金や介護等における彼らの給付額は減らすべきとなる(※3)。逆に、給付を減らさないということは、コストを次世代に転嫁しているに他ならず、これこそ正に現在の状態なのである。賦課方式が内包する問題点を理解し、好景気だった時代に高齢者の給付を抑制する仕組みを導入していれば、社会保障の問題は今ほど大きくなっていなかったに違いない。

合計特殊出生率の年次推移
合計特殊出生率の年次推移
 
出所:国立社会保障・人口問題研究所

さらに問題なのは、子どもの数を減らすだけでなく、子どもを持つことすら拒否する人が今後急増すると予測されていることだ(1955年生まれの女性の8割以上が子どもを出産したのに対し、1970年以降生の女性の3割以上が子どもを生まないとされる)。

 コーホート別にみた子どもを生まない女性の割合(未婚者を含む)
コーホート別にみた子どもを生まない女性の割合(未婚者を含む)
 
出所:国立社会保障・人口問題研究所

これまでの議論からわかるように、賦課方式が子どもの数に依存する以上、いない人にまで給付を与えていては、制度が持続できないのは明らかであろう。それは制度への“ただ乗り”を認めることであり、制度に対する信頼は失墜しよう。

自分たちの意思で子どもを減らしたにもかかわらず、後継世代にそのツケを回すことを妥当と見なすのであれば、老後に対する備えをせず、次世代の育成も放棄する人が、今後続出することは免れない。現行の財政方式にメスをいれない限り、国民に安心を与える社会保障制度の構築は難しいといえよう。

(※1)子どもから親への仕送りを社会化したのだから、その逆、つまり他人の子から貰った仕送り(年金等)も社会化(相続税の強化)しないと整合がとれない。

(※2)年金や介護保険について、保険料を支払っているのだから、老後に給付を受けるのは当然と考える人が大多数と思われるが、賦課方式における保険料とは、親世代に対する借りの返済にすぎず、次の世代に対して貸しをつくっているわけではない。つまり保険料を拠出しても、一方の義務を果たしただけであり、給付を受ける権利が生じたことにはならないのである。

(※3)ドイツの介護保険では、子どものいない国民の保険料は、子のいる国民に比べて0.25%ほどプラスされる。連邦憲法裁判所が、「子どもの有無に関係なく一律の保険料を徴収する介護保険の徴収法は、法の下の平等と家族の保護を定めた憲法に反する」との判決を下したことによる。

<参考>

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