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「蟹工船」と「イカ釣り船」

2008年08月05日

牧野 潤一

小林多喜二の「蟹工船」が売れているそうだ。

マスコミに取り上げられる度に部数をのばし、現在30万部以上の増刷。新潮社によると購読層は10代後半から40代後半までの働き盛りの年代が多く、特に就職氷河期世代に人気という。

「蟹工船」は、大正から昭和初期における資本家対労働者という純粋な資本主義の対立構造を描いたものであるが、ただ、支配階層としての資本家は、戦後の財閥解体や労働法制の整備により弱体化し、株式保有構造の分散化によって企業統治は大きく様変わりした。その意味で、昭和初期の過酷な労働現場と現代のワーキングプアではやや様相が異なる。

「蟹工船」の現代的な問題は、資本家対労働者という対立というよりも、労働者間での対立であろう。資本主義経済において労働力は企業に販売する商品となり、加えて近年の経済のグローバル化は、国際的な賃金裁定によって労働者間の利害対立を生み出す。中国の生産労働者の賃金は日本の約1/20であり、中国の賃金が毎年20%上昇しても、日本の賃金は1%上昇するのがやっとであろう(それでも賃金格差は変わらない)。

ただ、本質的な問題は、新興国の台頭によるパイの奪い合いというよりも、パイ自体の拡大の弱さにあると思われる。画期的な新製品や新規需要の停滞である。例えば、黄金の20年代と言われた米国では、新規需要であった自動車が、流れ作業による大量生産方式の下で大幅な価格引下げと賃金引上げが実現し、労働者は3~4ヶ月分の賃金で自動車を買えるようになった。このモデルはフォーディズムと呼ばれ、拡大均衡の具体例といえる。しかし、近年においてはこうした大規模な新規需要は生じ難くなっている。むしろ、新興国の台頭によって既存需要が拡大し、これが資源高に繋がっている状況である。後を追ってくる新興国の台頭に対して、先進国は新しい経済・生産体制へのブレークスルーが求められている。

現代的な問題は、昭和初期の「蟹工船」というよりも、出漁が出来ない「イカ釣り船」といえる。脱石油といったエネルギー転換は俄かには無理であろうが、ただ、石炭液化技術や鉄骨を使わない高層建築技術など、既に開発済みの有望技術もある。エネルギー技術は過去の産業革命がそうであったように極めて広範な経済に影響を及ぼし、フォーディズム的な拡大均衡をもたらす。新技術の萌芽が、今後どう広がっていくか、日本の貢献を含め大いに期待したいところである。

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