新興地域は資本輸出の主役となるのか?

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2008年07月30日

  • 尾野 功一
グローバル化の進展に伴い、国際資本移動が着実に拡大している。資本移動の拡大は、ある国が経済規模と比較してより多くの海外資本を調達することを可能にし、それは同時に資本の偏在を招いている。世界の経済規模に対する純資本移動(≒世界各国・地域の経常収支絶対値の合計)は、21世紀に入り急激に上昇しており、米国と中国がこの変化を主導している。もうひとつの象徴的な変化は、先進地域と新興地域の間の資本移動である。一般的に、新興地域は労働力が豊富に存在するものの資本や技術は不足することが多く、必要な資本は海外からの調達に依存すると考えられている。だが、1990年代まではこの関係が成立していたが、2000年代になると反対に新興地域から先進地域へ向けて資本が(純)移動する姿に変化している。

これら一連の変化は、最大の資本輸入国である米国と、中国や中東地域など新興地域の資本輸出国との対比を鮮明にしている。新興地域のSWF(Sovereign wealth funds)が脚光を浴びるのも、この変化と無縁ではない。

では、21世紀の幕開けは国際資本移動の大きな転換期を意味するのだろうか。資本移動の拡大そのものは、2000年代以前から着実に続いており構造的な変化と考えられる。だが、資本移動の方向の変化は、この期間の固有の出来事からも強く影響を受けている。原油などの資源価格の急騰は中東地域などに恩恵を与え、中国などに代表されるアジア地域の管理的な為替制度は、自国通貨の上昇を封じて輸出促進的な環境を生み出した。結果として、新興地域全体の貿易収支は改善し、増大した所得の一部が対外投資の原資となった。

もし、この環境が永続すれば、今後も新興地域からの資本輸出は拡大することになろう。だが、世界的なデフレが懸念された5年ほど前と、インフレが懸念される現在とでは、為替レートの管理が招く(自国通貨安ないしは通貨供給量の増大を通じた)インフレ圧力の功罪は異なり、現在はデメリットの方が大きくなっている。また、資源価格のみの高騰であれば所得移転の恩恵を享受できる資源国も、世界的にインフレ率が上昇するようになれば、資源以外の品目の輸入で流出する所得は増大する。

以上のように整理すると、近年の新興地域からの資本輸出は不可逆的な変化ではなく、為替市場の介入と資源価格の上昇が先行したことに起因する現象と考えられる。それは、新興地域の資本輸出が、外貨準備とSWF投資が反映される公的資本の動向でその大部分が説明され、(直接投資や民間証券投資など)その他の項目の合計は2000年代も安定的に資本(純)流入が継続していることに表れている。仮に、近年の為替市場介入と資源価格の高騰が無ければ、現在でも新興地域は資本輸入者の立場にあると思われる。

新興地域の経済力向上やSWFの影響力増大は現在のホットなテーマであり、その流れが続くような見通しは受け入れやすい。だが、世界的なインフレ圧力の増大は、そのような見通しを揺さぶる可能性があろう。

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