割安領域に入ってきたアジア

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2008年07月16日

  • 由井濱 宏一
08年5月~6月に直近高値をつけたアジア市場は下げ基調を鮮明にしており、7月に入っても下げ止まる気配が見えず、市場心理は総弱気といった状況である。ここまで相場が一気に下げてくると、投資家心理としては底が見えにくく、新たな投資意欲が湧きにくいと思われる。ただ、従来から使用しているバリュエーション尺度としてのイールドスプレッド(予想益回りから長期債利回りを差し引いたもの)をみると、最近の株価急落を受けて予想益回りが上昇、指標金利として使用している長期債利回り(香港、シンガポール、台湾は米国10年物国債利回り、韓国は韓国の3年物国債利回り、オーストラリアは豪10年物国債利回りを使用)は一部市場を除いてほとんど上昇していないことから、両者の差であるリスクプレミアムは拡大してきている。悲観的な相場見通しが急速に台頭してきたことが窺える。

たとえば香港市場では、イールドスプレッドは3.6%に達しており、過去平均(01年以降の平均で約2.4%)を大幅に上回る。この水準は08年3月以来の水準で、当時は同スプレッドがこの水準前後に達した後、相場反騰につながった。また、05年6月にも類似の状況があり、同じく相場上昇につながっている。イールドスプレッドが相場における極度な悲観的見通しの水準(陰の極)に達している状況はシンガポールや台湾、オーストラリアでも同様である。H株や韓国市場でも同スプレッドは上昇傾向にあり、H株指数については過去の平均に近い水準にある。

予想利益ベース(12カ月先行EPS)のPERでみても、6月末時点でアジア主要市場の株価水準は中国、韓国、台湾米国と比較して割安な水準になっており、米国市場に比べて売られ過ぎといえる。長期的なEPS予想成長率の比較では、米国が12.7%程度であるのに比較して、アジア太平洋地域市場(除く日本)では15 .5%、香港、中国、韓国といった市場でも米国の長期EPS予想成長率を4~10%程度上回っている。相対的なアジア市場の優位性が窺える。9日の株式市場は、直接的には原油価格の調整が好感され、アジア各市場は比較的堅調な推移となったが、バリュエーション上での割安感の台頭や長期的な成長力の高さが改めて評価されるきっかけとなる可能性が高い。

7月7日~9日にかけて行われた洞爺湖サミットでは世界的な資源高や食糧危機への懸念が表明されたが、すぐにインフレ懸念払拭につながりそうにもない。根本的な問題として米国経済への不安が横たわっているからである。欧州は成長を多少犠牲にしてもインフレ圧力の抑制へと強い決意をみせ利上げに動いたが、景気後退の瀬戸際にある米国は金利水準を現状に維持するのが精一杯である。これが米ドル安継続を想起させ、原油高・資源高のトレンドが継続するとの思惑を生んでいる。

ただ、これまでも指摘してきたように、世界の成長センターとしての中国を中心とするアジアは域内のサプライチェーンの確立、内需の拡大、相互投資の拡大を通じて既に自律的な成長過程に入っているし、この構造変化は長期にわたって続くとみられる。米国経済自体の影響は過去に比べると格段に軽微なものとなっており、アジア株式市場では必要以上に米国要因に敏感になっているといえるだろう。その意味で、アジア市場での投資センチメントは悲観に振れすぎている状況であり、米国市場の混乱に一時的に巻き込まれているに過ぎないとの認識である。良好なファンダメンタルズにもかかわらず売られすぎている銘柄や配当利回り面で魅力の大きい銘柄を丹念に拾っていきたい。


アジア太平洋各市場と米国のPEGレシオ
アジア太平洋各市場と米国のPEGレシオ
(出所)Datastream、DIR

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