醍醐の青葉に想う

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2008年06月10日

  • 菅原 晴樹
五月の連休を利用して京都に行きました。

初日は、いま話題の源氏物語千年紀の舞台の一つ「宇治」を散策しました。平等院は藤原頼通が極楽浄土の世界をこの世に体現したものといわれ、浄土庭園と建築が一体となった院内はいつ訪れても心和ませるものがあります。鳳凰堂の中に入り、定朝作の国宝阿弥陀如来坐像を仰ぎ見て、さらに彫刻としても見ごたえのある二重の天蓋、堂内の壁に懸かった木造雲中供養菩薩像に改めて感動しました。これらの菩薩像の半数は、平等院ミュージアム「鳳翔館」にも展示され、間近に見ることができます。52躯の菩薩像はさしずめ、平安時代の管弦楽団です。

それから、宇治川のほとりを歩きました。宇治川は、琵琶湖を水源に瀬田の唐橋の下を流れる瀬田川が京都に入り宇治川となり、さらに、鴨川・桂川、木津川と合流して淀川となって大阪湾に注ぐのです。京都市内の鴨川が静かにゆったりと流れているのに対して、宇治川は天ヶ瀬ダムから放流された豊かな水量で、水面が激しく揺れながら流れて行きます。川の中州の橘島に架かる朝霧橋に佇んでいると源義経軍の佐々木高綱と梶原景季の宇治川の先陣争いの真っ只中にいるような錯覚におちいります。

翌日は、山科の勧修寺、随心院から季節はずれの醍醐寺を訪れました。醍醐寺は、豊臣秀吉の「醍醐の花見」として有名で桜の季節は人で一杯ですが、新緑のこの季節は嘘のようにひっそりとしています。三宝院の境内にはたくさんの青葉を抱いた大きな桜の木があり、その下に仲むつまじい老夫婦が写真を撮り合っていたので、思わず、「お二人、並んでお撮りしましょうか?」と声を掛けてしまいました。それから、15分くらい立ち話となり、「京都は退屈です。年に何回か東京に行き、上野、新宿の美術館そして、目黒の庭園美術館を巡るのが楽しみ」とか。「京都が退屈なんて贅沢です。京都にお住まいで羨ましいです。」

立ち話しながら、ふと頭を過ぎったのが「基礎年金の全額税方式」のこと。基礎年金の財源を現行方式の「社会保険料」から全額「税金」で賄うことを言います。5月19日には社会保障国民会議雇用・年金分科会で、「税方式」にした場合の財政試算が公表され、消費税換算で必要な税率の引き上げ幅について、3.5%-12%の4通りが示されました。

そもそも、「税方式」の議論が出てきた背景は、第一に公的年金の未加入者、未納者そして、無年金者の存在です。第二に事業主の保険料負担増の回避です。さらに財源の安定化、負担の公平化などです。また、今後増加が予想される無年金者に対する生活保護費の増加を抑えたいとの思惑もあるようです。

基礎年金を税方式化する提案は与野党、経済団体、労働団体、マスコミなど各方面から示されています。

現行方式と比べて、保険料未納問題が解消するなどのメリットもありますが、すでに保険料を払い終わった年金受給者も税負担しなければなりません。また、サラリーマンの負担も一部を除き重くなるようですし、低所得者層の負担率が相対的に高くなる可能性があるなど一長一短です。

社会保障国民会議では、近々中間報告を取りまとめる予定ですが、まだ十分議論を尽くしていない状況で拙速な方向性を出すことは是非とも避けてもらいたいものです。

また、4月に創設された「後期高齢者医療制度(長寿医療制度)」もスタート早々から迷走状態です。大幅な制度見直しになるのか今後の動向が注目されるところです。

医療、年金、介護、生活保護など関連する諸制度について、バランスの取れた議論を進めてもらいたいというのは要介護の親を抱え、まもなく年金受給者となる我々世代だけでなくすべての世代共通の願いではないでしょうか。

次回は、醍醐で出会ったあの老夫婦が住んでいる下鴨に近い府立植物園を散策してみます。

鵜飼舟 あはれとぞ見る もののふの
八十宇治川の 夕闇の空 (新古今和歌集 慈円)   

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