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欧州流:10年サイクルでの問題解決?

2008年05月21日

経済調査部 経済調査部長 山崎 加津子

欧州中央銀行(ECB)はまもなく10歳の誕生日を迎える。98年6月1日に、前身の欧州通貨機関(EMI)から改組されて発足した。99年1月には単一通貨ユーロが導入され、ECBも名実共に欧州11カ国(現在は15カ国)の金融政策を担当する中央銀行となった。当初、ユーロは単位としてのみ存在し、実際に流通していたのは各国通貨(独マルク、仏フランなど)であったが、3年後の02年1月にはユーロの紙幣と貨幣が登場した。ただし、99年から01年にかけてはユーロの信認は低く、対ドルで下落を続け、ようやく02年半ばにユーロ安の是正が始まった。その後は05年を除けばユーロ高傾向で、今年4月には対ドルで1.60ドルと、最安値をつけた00年10月の0.829ドルの2倍近い水準まで上昇した。この間、国際債券市場での新規発行の過半がユーロ建てとなり、また外貨準備通貨としてもドルの圧倒的な優位を切り崩し始めるなど、ユーロの存在感は高まってきている。

その前の10年は、単一通貨導入を決定し、そのために努力を重ねた10年である。89年11月にベルリンの壁が崩壊し、東西冷戦時代は終焉を迎えた。90年10月には西ドイツが東ドイツを吸収して統一ドイツが誕生。それまで人口5千万~6千万人でほぼ拮抗していた独仏英伊の中で、ドイツが人口8千万人を超える大国となってしまった。ドイツの独走を許さないために作られた仕組みが単一通貨ユーロで、ドイツ統一を承認する交換条件として、フランスが独マルクの放棄を求めたとまことしやかに囁かれた。実際は欧州の通貨統合構想は60年代にルーツを持つが、ドイツ統一が実現に向けた最後の一押しになったと言うことはできるかもしれない。ただ、通貨統合準備は必ずしも順調ではなく、92年夏には欧州通貨危機が発生。ERM(為替相場メカニズム)から英ポンドと伊リラが離脱し、他通貨も中心レートの切り下げなどを余儀なくされた。原因は統一後に投資と消費が過熱したドイツが、大幅利上げを実施。景気が減速していたにも拘わらず、ERMが定める変動幅に為替を維持しようと他国の金融政策もこれに追随。結果、割高と判断された周辺国通貨が投機にさらされたのである。このような混乱はあったが、90年代後半には大半の国が財政赤字削減や物価安定に努め、98年のECB設立と翌年のユーロ導入を実現させた。

ところで、欧州通貨統合はそもそも「欧州域内市場統合」の総仕上げと位置づけられる。85年に発表された「域内市場統合白書」は、70年代の2度のオイルショックのあと、高インフレと低成長という厳しい局面の中で、世界経済から取り残された「斜陽の欧州」を立て直すために打ち出された。欧州の関税同盟発足は57年とさらに時代を遡るが、非関税障壁が多々あり、それが域内市場の活性化を阻害しているとの反省に立ち、欧州統合の第2段階が始まったのが80年代なのである。

このように見てくると、欧州では10年サイクルで大きな問題が生じ、それを打開するために新しい動きが出てきている。80年代の経済停滞を打破するべく単一市場構想が登場。89年に東西冷戦時代に終止符が打たれ、大国ドイツが出現すると、通貨統合という巨大プロジェクトが発進した。そして、通貨統合が始動した最初10年はまもなく終わろうとしている。ユーロは導入初期の混乱を乗り越え、複数の国が一つの通貨を共有するという新たな形態を軌道に乗せてきたと言えよう。ただ、最近10年の世界景気はネットバブルとその崩壊は経験したものの、インフレが比較的抑制された中で、好調な景気拡大を続けてきた。ここ半年で環境が大きく変わり、原油や食品の価格高騰の一方、世界景気は減速傾向を強めてきている。欧州の次なる問題は、低成長と高インフレの組み合わせが再現されるなかで、単一通貨、単一金融政策という特殊な形態をデメリットではなく、いかにメリットとするかということになるのではないだろうか。

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