情報システム構築 頼む立場、作る立場

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2007年11月02日

  • フロンティア研究開発センター長 田中 宏太郎
先日、図らずもシステム構築を頼む立場(ユーザー)と、作る立場(ベンダー)の双方の意識を実感した。

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私が通勤に利用する駅は、改札口のそばとホームの双方に電光掲示板があり、電車の種別や発車番線、待ち合わせの情報等が表示されている。改札口からホームの状況を知ることはできない。

ある日、改札口を通って電光掲示板を見た時、「準急」が上段に、次発の「普通」が下段に表示されていた。準急に間に合うと思い階段をかけ登ったところ、準急はドアが閉まり、すでにゆっくりと滑り出していた。

電光掲示板の表示はホームにいる人を対象にしているため、改札口の電光掲示板にも同じ情報を同じタイミングで表示してしまうと、走っても乗れない電車の情報が流れてしまう。双方の掲示板で情報を流すタイミングをずらしておけば、「走って損した」などと思う乗客は少なくなろう。が、そうなると急げば準急に間に合うのに、乗車をあきらめてしまう人が出てくる。

どのようなタイミングでどのような情報を表示するのが最善かは、ユーザー、ベンダー双方で十分に検討されなければならない。システムの機能は、入力→処理→出力に単純化される。このうちユーザーが具体的に認識できるのは、入力と出力、すなわちインターフェースの部分である。インターフェースの品質は、ユーザーの満足度に直結するため、我々ベンダーにとってとりわけ力の入るところである。

オーソドックスなシステムの改善方法に、ブレインストーミングの考案者オズボーンのチェックリスト等による発想のチェックがある。(1)転用、(2)応用、(3)変更、(4)拡大、(5)縮小、などの観点で情報システムを再考する。

先の電光掲示板の場合、「(5)縮小」に注目し、「減らす」「小さくする」「短くする」「省略する」「分割する」などを選択肢とし、例えば「誤解をさけるため改札口の電光掲示板を“省略”(すなわち廃止)してしまう」、とするのも一案だろう。

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次に床屋での会話。

店員「今日は、どうしましょうか?」
私 「割とサッパリしたいんですよ。でも刈り上げはしないで、オデコもあまり見せたくないんですね」
店員「耳は出していいんですか?」
私 「はい」
しばらくして…
店員「お客さん、髪多いから、すいておきますね。」
私 「お願いします」
一通り切り終わり、正面の鏡に手鏡で反射させ、後頭部を見せながら…
店員「こんな感じで?」
私 「ん…もう少し軽くなりませんか?」
店員「はい」
しばらく切ってから…
店員「これで、どうです?」
私 「もう少し軽くなりませんかね?」
店員「これ以上切るとバランスが悪くて、前髪を切ることになりますよ」
私 「それなら、これでいいです」

床屋では、ごくありふれたやり取りだろう。それにしても私の“要件定義”は極めて曖昧である。「割と」「あまり」「もう少し」と抽象的なことこの上ない。かといって、私たちは床屋の店員に「前髪は何センチ、もみ上げは何センチ、後ろは何センチ切ってほしい」とは言わないし、そこまで細かく言ったとしても、奇妙な髪型になりそうであれば、床屋は切る前にアドバイスや確認を行うに違いない。決して無言ですべて言われるがままに切ってしまってから、「お客さん、言う通りに切りましたが、おかしくなってしまいました」などとは言わないはずである。この会話で“頼む立場”である私は、“作る立場”である床屋の店員を、その道のプロと思って接している。プロに頼んだ以上、自分では思いもつかない、適切な助言や複数の提案をしてくれると、強い期待を持っている。

情報システムの構築を頼むユーザーが、作る側のベンダーへの不満を述べている記事をよく目にする。根底には、我々が床屋に求めるようなごくありふれたプロへの期待が通じないもどかしさがあるように思える。

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2つの話に共通するのは、ユーザーとベンダーのコミュニケーションの大切さである。情報システムとは、正にユーザーとベンダーの共同作業の産物であることを、ユーザーとベンダーが共に認識しておくことが肝要だ。床屋の例で言えば、最初の「サッパリしたい」で要望をすべて伝えたと考えてしまったり、「すいておきますね」と言われているのに返事をしなかったり、さらには様々な要望を出しておいて「5分でなんとかしてくれ」では、良い髪型になれるはずがない。情報システム構築では、ユーザーが協力しなかったことが原因で当該プロジェクトが失敗したと認められる場合、ベンダーに対して賠償責任を負うことすらあるという。

散髪や情報システム構築に限らず、期待が大きく裏切られた時、客は店を変えてしまうだろう(さすがに駅を変えるのは容易でないが)。客に店を変えられないようにするには、顧客の要望を具体化し、いかに有意義な共同作業に持ち込むかが、ベンダーのプロとしての手腕が問われるところである。このハードルを越えた時、ベンダーはユーザーの真のパートナーとなることができよう。

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