注目される英国国家医療サービス(NHS)における技術移転機関・NHSIL

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2007年08月22日

  • 浅野 信久
英国では、ナショナル・ヘルス・サービス(NHS)という仕組みにより、古くから国営方式で医療サービスが提供されている。だが、この仕組みにも民営化の考え方が徐々に浸透し、その運営形態にも少しずつ変化が生じている。特に、2000年以降、その動きが顕著になってきている。その代表例の1つが、公営病院の建築において、特定目的会社を設立して民間からの資金調達を行うというPFI(ピー・エフ・アイ)である。日本でも英国のモデルを参考に導入がはじまっているので、PFIという用語を見聞きする機会が増えてきた。

また、旧NHSでは医療サービスの提供はNHSの医療機関がそのすべてを担っていたのであるが、今ではNHSトラストに予算拠出し、NHSトラストが医療機関を募って、市民への医療サービスの提供を委託するという仕組みに変わってきた。委託先医療機関の選定を通じて、NHSに市場競争原理を導入し、医療の効率化と質の向上を図ろうというわけだ。その結果、一部では国内の私立病院や国外の民間病院チェーン企業系列の病院がNHSから予算を受け、NHSに基づく医療サービス提供を行うという状況が生まれてきている。

そして、さらに注目されることは、NHS発のシーズから新たな医療技術の創出を目指そうとする技術移転機関であるNHS Innovation sLondon Ltd.(NHSIL)の存在である。機関創設の目的は2つ。(1)新医療技術開発による患者への貢献と、(2)シーズの事業化収益によるNHS予算負担軽減である。NHSILの設立は2004年と、比較的新しい。実は、NHS全体では17万人もの医療スタッフが日夜、医療サービスを提供している巨大組織である。医療サービスの提供が中心とはいえ、翻って考えれば、この巨大な英知の塊から創発されるシーズを国による医療経営に生かさない手はなかろうというのも当然の発想とも受け取れる。

2006年のNHSILのアニュアルレビューによれば、現在までに、糖尿病ガイドや禁煙書などの5つの患者向け教材が商品化されている。医薬品・機器および診断ソフトウェアをはじめとする19のプロジェクトが事業開発中で、子宮外妊娠診断や小児てんかんの遠隔モニタリングなど4つのプロジェクトが治験中、さらに抗炎症治療薬をはじめ、医薬、診断キット、用具・機器など14のプロジェクトが研究開発中である。シーズの中で、メディア・出版物、IT&ソフトウェアといったソフト分野の比率が高いことは、興味深いところである。技術移転に向けたシーズの充実を図るために、プルーフ・オブ・ファンドという選抜したプロジェクトに対して研究費提供する仕組みも用意している。

ところで、わが国の文科省・厚労省・経産省の3省は、「革新的医薬品・医療機器創出のための5か年戦略」を2007年4月に、打ち出した。同戦略には、医薬品・医療機器産業を日本の成長牽引役へと導くことと、世界最高水準の医薬品・医療機器の国民への迅速な提供が謳われている。日本にも国立病院機構、日本赤十字社、厚生連、済生会あるいは私立病院グループなど数多くの病院を要する大きな医療サービス提供組織がある。自治体系病院も全国レベルで連合すれば、国立病院機構を凌ぐ、かなり大きな組織体となる。医療機関は医療サービスの提供に専念すべしとの考え方もあるだろうが、英国のNHSILをモデルに、大きな病院グループの、革新的医薬品・医療機器創出に向けた参画の仕組みを検討してみることも、意義のあることではなかろうか。

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