牛丼が300円割れ?

~「日豪FTA」の先にみえるもの~

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2008年03月06日

  • 山田 雪乃

街角で見かける牛丼を、もっと安く食べられるかもしれない・・・。

牛丼屋の牛丼(並)は、一杯380円程度。何を隠そう、私もこの牛丼に、さらに50円払って生卵をかけて食べるのが、何よりのご馳走、何よりの楽しみだった。その牛丼がもっと安くなる?

07年にはいよいよ「日豪FTA(※1)」の本交渉が始まる。日本のオーストラリアからの輸入品第一位は、石炭(30.6%)。そして、天然ガス(16.6%)、鉄鉱石(13.6%)、アルミ製品(5.3%)と続き、第5位に牛肉(4.2%)が顔を出す(2006年)。米国のBSE問題の影響もあって、日本は牛肉輸入量のほぼ9割をオーストラリアに依存している。牛肉には38.5%の関税が掛けられているが、これが撤廃されたらどうなるだろうか。

国内農業保護者の立場からすれば、農業国オーストラリアとのFTA締結など論外だろう。農林水産省は、日豪FTA締結によって、日本の牛肉生産量が約56%減少するとの試算を発表している。これも「和牛」ブランドがあるからこその減産率だ。しかし、国際政治的・経済的観点からみれば、「日豪FTA」は早晩、締結が視野に入ってきそうだ。

まず、日豪FTA締結はパワーゲームの重要な一駒となっている。結束が固い北米と南米、EUの2地域に対抗して、緩い経済関係にとどまるアジア地域も、経済圏としての結束を高めようとの機運が高まっている。このような中、中国がASEAN+3(日中韓)のFTAを主張する一方、日本はASEAN+6(日・中・韓、豪州、ニュージーランド、インド)を主張している。日豪FTAは、日本が主導権を握るための重要な一手になりそうなのだ。

また、意外かもしれないが、「食料安全保障」の観点からみても、オーストラリアとのFTA締結は必要になってこよう。BRICs諸国の所得増が農産物輸入量の増加を促す中で、食料自給率が98年以降40%へ低下してしまった日本は、エネルギー資源だけでなく、食料の安定供給源を確保していかねばなるまい。もちろん、自給率の引き上げも検討されようが、農産物市場を開放しつつ、国内農業の基盤強化を推進していく方策が現実的といえそうだ。「食料安全保障」とは、不足時に備えて国民に必要な食料を確保すること。オーストラリアとのパイプは太ければ太いほど良い。

ただし、農業は洪水防止や緑地環境の保全、地域経済への影響、伝統や文化の維持などの多面的機能を持っているため、長い目で見ると、これらを無視した自由化論議は適当とは言えない。欧米諸国では、農業政策を1980年代後半から環境保全型農業へ方向転換し、功を奏している。スローフード運動や地産地消(有機農業など)など、農と食と環境の価値を重視した活動を発展させる形へ、日本の農業も本格的に転換していく必要があるだろう。

「日豪FTA」は、貿易自由化の問題であるだけでなく、国と国、地域と地域のパワーゲームでもあり、日本の農業を根本から変えていくような問題でもある。

そんな大層な事が起きていようがなかろうが、おいしい牛丼はやっぱりおいしいものだ。数段安くなった牛丼を口いっぱいほお張るのも、遠い日のことではないだろう。

(※1)FTA(Free Trade Agreement)は、2以上の国が関税の撤廃や制度の調整等による相互の貿易促進を目的として他の国を排除する形で締結されるもので、物やサービスの貿易を自由にする協定。日本はシンガポール(02年)、メキシコ(05年)、マレーシア(06年)とEPA/FTAを発効し、タイやチリ、インドネシア、ブルネイと大筋合意した。一方、日韓EPA交渉は事実上中断し、日中EPAは交渉開始の目処が立っていない。

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