小売業化が進む米国金融サービスの背景

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2006年01月25日

  • 伊藤 慶昭
最近、ニューヨークのマンハッタンには今まで見慣れなかった金融機関の店舗進出が著しい。かつて私の住んでいた地区では、1~2年前から金融機関のロゴの格好をしたぬいぐるみが、同じロゴのキーホルダーを配布する光景を目にするようになった。しかも店舗に目を向けると全面ガラス張りで、一瞬、大手カフェ・チェーンか他のサービス業と見間違えることも多い。このように米国金融業界では、地方の中小銀行を中心にウォルマートやホーム・デポ等の優良小売業のビジネス・モデルを積極的に採用するケースが見られるようになっている。

その代表的な金融機関として1973年に米国東部ニュージャージー州で創業したコマース・バンク(Commerce Bank)が挙げられる。同社会長のバーモン・ヒル氏は同時に大手ハンバーガー・チェーンを55店舗運営しており、自社の金融ビジネスを「小売業」と位置付ける。具体的にはロゴとブランド・カラーの徹底的な統一を図り、顧客の目に付く場所に多用している。また店内はテラーと顧客の仕切りや背の高いカウンターを撤去して、金融機関が持ゑソ敷居の高さ」を排除するよう努めている。さらに毎日開店し、中には故意に営業時間を延長することで利便性を強調する等、従来の金融機関と比較して斬新な営業戦略を取り入れている。

このように金融機関が店舗サービスの質を高めようとする背景には、個人投資家のニーズが単なる金融商品の提供(証券売買)から、コンサルティング(投資相談)へシフトしたことが指摘できる。米国では2000年を頂点にオンライン証券取引がブームとなったが、株式市場の下落と共にかつては自己判断嗜好が強かった投資家も、専門家の投資アドバイスを真剣に求めるようになっている。同時にベビーブーマーが一斉に退職時期を迎えようとしており、証券投資の主体が「資産形成」から「資産管理」にシフトしていることがうかがえる。実際、米国における株式取引全体に占めるオンライン比率が2005年12月時点で7%台(※1)に落ち込む反面、SMA(Separately Managed Account)(※2)等、店舗が必要で人手のかかる投資コンサルティング・サービスが脚光を浴びるようになってきた。

一方、日本の状況に注目すると、株式市場の好転を背景にオンライン証券取引が順調な伸びを見せており、米国とは対照的な動きをみせている。ただし米国の現在を日本の将来に置き換えるならば、株式市場の低迷時には店舗や対面サービスのニーズが高まることから、株式市場が上向いている今こそ、コンサルティング・サービスや店舗戦略を再考する時期であると考える。

(※1):オンライン比率は、オンライン証券取引のシェア上位6社の合計取引件数をNYSEとナスダック市場の合計取引件数で割って算出した。

(※2):SMAとはファイナンシャル・アドバイザーもしくは独立系営業員が、投資家の投資目的や嗜好に応じて投資対象を選択し、ポートフォリオを組み運用する金融サービスを意味する。SMAは1970年代半ばより既に登場していたが、従来のサービスに「カスタム・メード型の資産運用」という特徴を大幅に組み入れることで最近脚光を浴びるようになった。

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