米オンライン証券の合併が示す投資アドバイス普遍化の動き

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2005年10月28日

  • 新林 浩司

今年に入り、米国では大手オンライン(インターネット)証券の買収発表が相次いだ。これまで売買委託手数料の引下げ競争が過熱していたことから、競合他社の買収合併は規模拡大による生き残りが狙いと映る。しかし、それだけが理由では無さそうだ。

一連の買収劇は、手数料引下げ競争に終止符を打ち顧客基盤を拡大すること以外に、投資アドバイス要員や支店網の獲得が大きな動機となっている。オンライン証券が基幹業務としてきたのはインターネット経由の注文取次であるが、それとは関係の薄い対面型サービスの強化を進めているのである。この動きは、個人の投資スタイルが変化しつつあることを反映している。

米国ではベビーブーマー世代の退職ラッシュを控えているが、各家庭で老後に備えて堅実に蓄えている訳ではない。EBRI(従業員福祉研究所)が実施している今年の退職意識調査では、退職に向けて貯蓄をしているのは米国勤労者の6割のみであり、貯蓄計画が遅れていると5割強が自覚している。また、貯蓄と運用にあたっては、専門家から“背中を押してもらいたい”と考える人が多いようだ。老後に備えた資産運用では、専門家のアドバイスを有用とする回答が最も多い。特に、オンライン相談ツールや電話相談などよりも、対面側のアドバイスを求める傾向が表れている。

米国で株式の売買委託手数料が完全自由化されたのは今から30年前であり、オンライン証券の出現はその20年後である。インターネットの利便性と手数料の価格破壊で投資ブームが起きる20年も前から、米証券業界は手数料のディスカウント競争を経験し、個人の株式投資意欲を刺激していたことになる。また、自己責任で積立運用する確定拠出年金も約30年の歴史を持つ。このような状況を背景に、人々は気軽に投資する機会に恵まれ、投資に関する知識を習得しスキルを磨く環境は整っていた筈である。

しかしながら、運用アドバイスを希求する一般勤労者の声は依然として止んでいない。1990年代の株式市場の活況やオンライン証券の出現は、個人の投資スキル向上に必ずしも結びつかず、むしろ右肩上がり幻想が投資判断力を鈍らせた結果、自己責任で長期運用することに人々は不安を抱いている。

投資理論や情報技術の進歩、金融のグローバル化が投資商品を複雑怪奇にする一方、“老後設計の自己責任時代”が個人に求める資産運用のハードルを高くしている。法務や税務など、社会の諸制度が複雑化していく過程で専門家のサポートが必須になるのと同じように、個人資産の運用でもプロのアドバイスに頼るようになるのは自然な流れに思える。

オンライン証券の合併は、このような顧客ニーズの変化を感じ取った企業側の答えである。マーケティングの教科書ばりに考えれば、米オンライン証券は顧客訴求の源泉を求め、ブランド、サービス、販売チャネルの3点強化を同時実現できる戦略的買収を決意したことになる。対して、日本では手数料自由化を含めた諸金融改革の歴史は浅く、インターネットトレードは花盛りである。しかし、資産運用アドバイスが一般に定着するのは遠い話ではなく、ほどなく本格化していくものと予想する。

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