投資単位の引下げと株価

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2005年04月13日

  • 壁谷 洋和

ここ数年で株式の所有構造は大きく変化した。少なくとも1990年代前半までは銀行や生保が企業の大株主として君臨し、安定した企業経営をサポートしてきたが、持ち合い解消の進展とともにそれらはかつての存在感を失った。国内年金資金も同様に以前は有力な大株主として位置付けられていたが、運用リスクを極力排除しようとする本体企業の意向から、株式の保有は減少傾向にある。こうした中、企業が安定的保有主体として期待するのが個人投資家である。大半を預貯金に傾ける個人の金融資産は総額1,400兆円を超える。また、今年4月からは一部の預金を除いてペイオフが解禁され、今後、個人の金融資産選択に変化が生じることも十分考えられる。企業の狙いは、資金の流動化に合わせて、豊富な個人資金を取り込むことにある。

ただ、先進諸国と比べても明らかに株式所有割合の低い(言い換えればリスク回避的な)日本の個人に株式投資を促すのは容易ではない。1990年、2000年のバブル崩壊を経験した個人は株式投資に極めて慎重になっている。株式投資への信頼回復のために、株価上昇や株主還元の積極化など、いわゆる企業価値の向上によって個人の期待に応えていくことが、企業の最重要課題と言えよう。

個人株主獲得のためには、企業価値の向上といった本質以外にも、企業は物理的な問題点をクリアする必要がある。具体的には投資単位の引下げである。今でこそ1単位の株式を取得するのに必要な資金は数十万円が主流だが、かつてはそれが100万円を越えることも珍しくなかった。一般に個人の資金規模は小さく、投資単位の大きさが株式投資のネックになっていた面もある。もちろん、投資単位の引下げだけで個人株主の増加が保証されるわけではないが、少なくとも投資家の裾野を広げる上での必要条件であることには違いないだろう。過去には2001年9月に東証が「株式投資単位の引下げ促進に向けたアクション・プログラム」を発表し、上場企業に対して投資単位の引下げを求めた経緯がある。また同年10月の商法改正によって、制度面からも投資単位引下げは容易化された。それ以降、実際に多くの企業が、投資単位の引下げに踏み切った。

投資単位の引下げには2つの方法がある。株式分割とくくり直しだ。前者は1株を複数株に分けるもので、分割比率に応じて発行済み株数が増加し、理論上の価値が下がるが、時価総額は不変である。後者は1単位の株式投資に必要な株数を引下げるもので(1,000株単位の取引を100株単位にする等)、発行済み株数・理論上の株価・時価総額はいずれも不変だ。企業がどちらを選択しようとも、株式分布状況の改善といったストックの面でのメリットと、小口化による流動性の向上といったフローの面でのメリットを享受できる。

では、このような企業のアクションが、短期の株価に対してどのような影響を与え得るかを考えてみよう。
株式分割のケースでは、分割の基準日から、もともと存在する旧株と、新たに発行される新株で取引が分断される。通常、新株の商いは薄く、旧株に取引が集中するため、需給はひっ迫しやすい。また、分割後の1株あたり配当金を必ずしも分割比率に見合う水準まで引下げられず、その場合は実質増配という要素も加わる。流動性の向上、需給ひっ迫、実質増配が評価されて、株式分割銘柄は発表直後に株価が上昇するケースが多い。ときに思惑的な売買が拍車をかけて、株価が急騰することもある。しかし、分割基準日から数えて50日後あたりからは新株が流通し始めるため、需給悪化を嫌気した向きからの売りで、株価が軟調な推移を辿ることもしばしばである。

一方、くくり直しの場合は、需給ひっ迫や実質増配といった要素がなく、流動性の向上のみが短期の株価評価の対象となる。2004年度に実施されたケースについてパフォーマンスを検証すると、株式分割時に見られるような株価高騰とその後の下落は特に観察されず、安定的にTOPIXをアウトパフォームする様子が確認できる。くくり直し自体は企業価値に何ら影響を与えるものではないが、流動性の向上や小口投資家層の発掘による株式分布の改善は市場から一定の評価を得ているようだ。

直近3月末時点で最低投資単位が100万円を越える銘柄は、未だ250銘柄程度存在する。株式分割やくくり直しで投資単位を引下げる動きは今後も続くと考えられる。短期の影響は上述の通りだが、長期的な観点では個人投資家にも魅力的と映る企業か否か、がより重要な投資の視点となる。

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