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韓流ブームの示す日本の危うさ

2005年02月01日

原田 泰

一時的現象と思われた、またはそうであることを、特に日本の芸能界には期待されたと思われる韓流ブームは、今も衰えを知らないようだ。

もちろん、韓国の俳優たちのイケメン振りが韓流ブームの主な理由であるわけだ。記憶喪失や難病の多用など、突っ込みどころ満載のストーリーだが、そこに描かれた世界の心地よさが、ブームの背景にあるのではないだろうか。

純粋に愛すること、努力すること、真面目であることは尊い、父と母と先生は敬わなければならないという、当たり前のことを当然のように自信をもって発言できる心地よさだ。子供が母親に少しでも文句を言えば、父親が「お母さんに口答えするなんて、なんてことを」としかる。

当たり前に努力する、正しいとされていることを当然のように行う、という世界が、日本では学校ですら、失われてしまった。いじめは悪いとも、努力することは尊いとも言えないという世界が学校の中ですら生まれてしまった。

そうなってしまったのは、「型」を否定し、個性と自己実現を教育や社会の目標にしてしまったからだ。何故こんなことが起きてしまったのか分からない。教育とは、本質的に「型」を教えることであり、社会は「型」によって秩序が保たれているのに。秩序のない社会では、個性の発揮も自己実現もままならない。

自己実現も「型」に拠らなければ達成できない。エコノミストは主張を支える事実を集める。それが、本当に主張を支えているかどうかは、統計的証拠の示し方という「型」にはまっていることで判断されなければならない。「型」にはまっていない自己主張が自己実現だとする社会は、危ういものではないか。韓流ブームが教えてくれたことは、「型」を否定した日本社会の危うさではないだろうか。

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