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上海とお台場

2004年12月30日

原田 泰

上海に行く機会があった。聞かされている通りの発展ぶりで、30階以上のビルが2000本以上あるという。ビルのデザインは個性的で、日本のバブル期のように妍を競っている。巨大な街区と個性的なデザインのビルが乱立する有様は、お台場を巨大化したように見える。

この巨大なビル群が、わずかここ10年あまりのうちに建設されたものであると聞くとまた驚く。川の西側にはイギリス租界の重厚な石造りの建物が並ぶ。1990年以前には、租界地の建物以外にたいして目立つビルはなかったということだ。かつて上海を訪れたサッチャー元英国首相は、イギリス租界時代とたいして変っていないじゃないの、と言ったそうだが、今や、変っていないどころではない。

なぜ、お台場の開発は止まり、上海の開発は止まらなかったのか。中国全体の発展と日本全体の発展の違いは当然だが、上海では安く売却して建物を建てないと土地の権利が消滅するというシステムを採用していた。お台場では高く売却していたので売り切れなかった。上海とお台場では建設を促進させるインセンティブのメカニズムが違っていた。共産主義の中国の方が、資本主義の日本よりも、人々に活を入れるメカニズムを熟知していたということだ。

中国の1人当たりGDPは1000ドル、アジアの開発途上国である。しかし、上海では貧しい人を見出すのが難しい。確かに、男性の服装は野暮だが、男が服装に気を使うようになったら発展は終わりという説があるそうだから、あまり気にしない方が良いのかもしれない。上海では、アジアの都市のどこにでもあるスラム街を見出すのが難しい。中国の所得分配は、どの資本主義国よりも不平等だと言われるが、その不平等度を上海で実感することは難しい。

スラム街がないのは、貧しい農村の人々が都市に来るのを禁じているからだ。しかし、スラム街があれば、不平等の病理を感ずることができる。それがなければ、都市の人々は不平等の実体すらも感じることができない。社会が分断されていることは不幸である。しかし、社会が分断されていることに気づくことができないのは、さらに不幸ではないだろうか。

マリー・アントワネットは、パンがなければお菓子を食べればいいのに、と言ったそうだが、上海もアントワネットが村娘の格好をして遊んだトリアノンの宮殿に似たところがあるかもしれない。住民の自由な移動を許せば、中国の大都市にスラムが生まれるだろう。スラムを生む自由を、私は良いことだと思う。

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