様々なる意匠 -株価分析概観-

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2004年08月27日

  • 小倉 正美
 「株価について、ただひとつだけ確かなこと、それは、変動することだ」とは、かのSamuelsonの弁。株価分析の難しさを端的に表現したものといえる。
 そもそも株価分析とは、現象を記述し、そして、その背景を探る、この2つのステージをめぐる、あくなき挑戦にほかならない。

 “現象を記述する”では、株価の動きをつぶさに観察し、その特性(パターン)を把握する。まず誰しも思い浮かぶのに「テクニカル分析」がある。別名チャート分析ともよばれ、坂田五法やゴールデンクロスなど、株価変化の“視覚的パターン”を重視した分析である。
 これに対し近年、株価変化の“統計的パターン”(平均・分散など)を分析する「クオンツ分析(金融工学)」も盛んである。ここでは、これら統計量を再現する確率モデル:

価格変化率=トレンド(平均)+ボラティリティ(標準偏差)×乱数(平均=0,分散=1)


 を作り、リスク管理やオプション評価に利用している。例えば、乱数に、正規乱数(ガウス分布にしたがう乱数)を用いると、Black-Scholesモデルが前提とする確率モデルになる。
 ただ、変化率の分布は、厳密には、ガウス分布にくらべ、中央が尖った、裾(Tail)が厚い(Fat)、いわゆる「ファットテール性」をしめす。これは、株価が通常穏やかに変化し、たまに激しく変動(クラッシュ)することをあらわしている。このファットテール性を記述・説明することこそ、クオンツ分析・金融工学において、最も重要なテーマである。
 例えば、変化率の分布は、統計学的には、「レビィ分布(安定分布)」、と考えられる注。レビィ分布とは、ガウス分布とポアソン分布を合わせた分布であり、穏やかな変化を正規分布に、クラッシュをポアソン分布に対応させることで、ファットテール性を再現することができる。このレビィ分布を用いた確率モデルやオプション評価に関する研究が盛んである。
 このほか、ボラティリティの時間変化をモデル化する「GARCHモデル」・「確率ボラティリティ・モデル」、乱数の代わりにトレンド項に非線形項を加えることで、時系列の複雑な動きを再現する「決定論的カオス」などの研究も重要である。

 一方“背景を探る”も、当の“背景”を何にするかで、これまた、さまざまな分析が存在する。まず最も古くからおこなわれているのが「ファンダメンタル分析」。株価を企業が生み出すキャッシュフロー(収益)の現在価値ととらえ、収益に影響する財務状態や経済環境 (業界動向、マクロ経済)を分析対象としたものである。
 対して近年、市場取引の内部構造にまでふみこんだ分析もおこなわれるようになった。市場に参加する投資家の心理を分析する「行動ファイナンス」、投資家が集団になったときの現象を調べる「人工市場」(模擬実験)や「経済物理学」(統計物理の応用)、売買の仕組み(ザラバ・板寄せ、相対売買、オークションなど)がもたらす効果を分析する「マーケット・マイクロストラクチャ」、法律や規制の影響を議論する「法と経済学」・「契約理論」など。クラッシュのメカニズムを具体的に説明したり、制度改善を検討するための材料を提供している。


 このように、ひとことで株価分析といっても、実に“様々なる意匠”が凝らされている。ただその成果となると、残念ながら志半ばの観はぬぐえない。あらためて、つぎの言葉(小林秀雄『様々なる意匠』の冒頭の一節)を実感する次第である。「吾々にとって幸福な事か不幸な事か知らないが、世に一つとして簡単に片付く問題はない」

注) 株価変化の2つの特性(ショートメモリ性=過去の変化と将来の変化の無関係性、フラクタル性=分布形状の時間スケール(日次、週次など)不変性)と「中心極限定理」から導かれる。

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