EUに背を向けるスイス?
2004年06月09日
EU(欧州連合)は先月、東欧の10カ国が参加して25ヶ国の大所帯になった。とはいえ、欧州の全ての国がEUに加盟しているわけではない。北欧の産油国であるノルウェー、大西洋の島国であるアイスランドはメンバーではない。そして欧州の真中に位置しながら、スイスもEUに加盟していない。
スイスでEU加盟が議論されたことは何度かあった。加盟の是非をめぐって国民投票が実施されたが、国民は永世中立国という伝統の維持を選択した。中立を重視する理由は、つい60年前まで欧州を舞台に繰り返された戦争において、いずれの陣営にも組しないとの姿勢で生き延びてきたスイスの歴史が反映されている。と同時に、スイスの主要産業である金融業がこの「中立」を武器にしてきた点も見逃せないであろう。
国土の大半が山岳地帯で平地の乏しいスイスでは、農業や工業が大きな産業となりにくい。かつては傭兵を近隣諸国に送り出し、その収入が国を支えていた(この伝統から今でもバチカンの警備にはスイス衛兵が当たっている)。そのスイスの金融業は特にプライベートバンキングに強いが、銀行の厳格な守秘義務と、中立国という立場が世界中から資金を集めるポイントとなっている。
ところが、この銀行の守秘義務にEUからクレームがついた。問題となったのは、EU各国の高い課税を嫌ってスイスで預金される資金である。EUは脱税目的の国外預金を捕捉しようと、加盟国の銀行に預金者情報の提供を義務付ける法律を数年前から準備中であった。ただし、国境を接するスイスがこの「情報提供」に応じない場合は、この法律は実効性をもたないことになる。一方、スイスにとって守秘義務は大事な看板である。
平行線を辿るかにみえた両者の意見対立は、しかし、5月半ばに妥協案が固まり、2005年の法律発効がみえてきた。スイスは守秘義務を保持する代わりに、EU国籍者の預金に対して源泉徴収税を課し、税収の75%を預金者の母国に支払うこととなった。源泉徴収税率は15%から2011年まで段階的に35%に引き上げられる。中立国という立場を守りつつ、一方で国境を接するEUとの関係を円滑にするよう心をくだくのがスイス流なのである。
このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。
関連のレポート・コラム
最新のレポート・コラム
-
メタバースは本当に幻滅期で終わったか?
リアル復権時代も大きい将来性、足元のデータや活用事例で再確認
2025年06月11日
-
議決権行使助言業者規制を明確化:英FRC
スチュワードシップ・コード改訂で助言業者向け条項を新設
2025年06月10日
-
上場後の高い成長を見据えたIPOの推進に求められるものとは
グロース市場改革の一環として、東証内のIPO連携会議で経営者向け情報発信を検討
2025年06月10日
-
第225回日本経済予測(改訂版)
人口減少下の日本、持続的成長への道筋①成長力強化、②社会保障制度改革、③財政健全化、を検証
2025年06月09日
-
「内巻」(破滅的競争)に巻き込まれる中国自動車業界
2025年06月11日