対外純資産世界一の哀れ

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2004年05月25日

  • 児玉 卓
5月21日に2003年末の対外資産負債残高が財務省から発表された。驚くような結果が含まれていたわけではない。しかし、嘆息は禁じ得ない。

実額ベースで見れば(同時期の比較はまだ出来ないが)、日本は圧倒的な世界一の対外純資産保有国であるが、これは言うまでもなく、長期にわたって経常収支の黒字を続けてきた結果である。そして2003年の黒字は実額で過去最高、GDP比でも80年代半ば以来の高さであった。ところが純資産は前年末の175.3兆円から172.8兆円へ、若干ながら減少している。

これはある意味で、純資産大国の宿命と言えなくもない。各年で発生する新規の純資産の増加は、仮にそれが過去最大の規模であっても、ストックの純資産を増やす効果は漸減する。一方で、為替レートの変動がグロスの外貨建て資産の円建て価値を直撃する。2003年の純資産を減少させた一番の要因も、やはり円高であった。

しかし、それだけではない。対外負債はおよそ22兆円増えているが、内、年間のフローによる増分が16.7兆円、為替変動が▲6.2兆円(居住者による外貨建て債務、特にドル建て借入の円評価額の減少が主であると思われる)、そして「その他調整」による増分が11.6兆円である。「その他調整」の殆どは株式投資で発生している。負債項目の株式(非居住者が保有する国内株式)の評価額は年間で19.3兆円増加しているが、内、フローと調整項目がそれぞれ9.8兆円、9.5兆円で拮抗しているのである。非居住者が日本の株価上昇の恩恵を十分に享受したということであり、これも日本の純資産減少の大きな背景になっている。

もちろん、昨年の株価上昇は世界的な現象であり、居住者が保有する外国株式の評価額も増加している。しかし、如何せん絶対額が小さ過ぎる。株式はグロスの対外資産の7.6%を占めるに過ぎない(対して、負債に占める株式の割合は28.2%)。日本の対外資産は債券、外貨準備が著しく多いのが特徴であるが、こうした資産では、とても外貨建て評価額の増加によって為替差損を補うことはできない。直接投資に関しては(時に空洞化の危機が叫ばれるほど)、日本からの資金流出が活発であるかのイメージが強いが、日本の対外直接投資残高は、総資産に占めるシェアで見ても、GDPとの比較においても、先進主要国の中では最低レベルである。

以上のことから、日本の対外資産負債は、まず円高に脆弱であるという特徴を持ち、同時に海外の成長を買うことが全くといっていいほど出来ていない。そして、ネットの純資産こそ世界最大であるものの、グロスの資産負債の構築、活発な資本移動を通じた資源配分の効率性という側面からも、他国に比べて著しく見劣りする。

こうした状況を長期的な日本経済との関連で考えた場合、まず成長率は生産性に決定的に依存するが、それには資源配分の非効率が足枷になる可能性が高い。また、経済成長が重要であるのは、居住者の生活水準を向上させるには、分配前のパイの拡大が必要だからであるが、人口減少やフローの貯蓄率低下などが成長制約として作用した時、過去の蓄積から得られる収益がそれをある程度補うことが期待される。しかし象徴的に言えば、日本が持っているのはUSトレジャリーばかりであり、これでは非常に心許ない。循環的な景気回復の手ごたえが増す中でも、こうした問題が改善に向かう糸口は見出せないままである。

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