経済産業省が金融所得課税一元化に向けた報告書案を公表—大和総研が事務局—
2004年05月12日
報告書(案)の概要は次のとおりである。
金融商品税制の簡素化や新たな金融商品への対応、「貯蓄から投資」への流れの強化のため、金融所得課税の一元化を図る。一元化は、金融商品に関する税率を同一とし、損益通算を広く可能とすることを基本方針とする。
一元化の対象は、株式(非上場株式を含む)、投資信託、預貯金、公社債、これらの複合商品、証券化商品(REITを含む)、ファンド関連(商品ファンドを含む)、デリバティブ関連、貯蓄性を有する保険商品などとする。不動産等の実物資産は当面は対象外とする。
税率は低率で投資家間・金融商品間で同一とする。勤労所得の税率が低い所得層に配慮し、税率は極力低率とするべきである。
リスクマネー供給促進のため、損益通算を金融所得全般に認めることが不可欠である。単年度で控除しきれない損失については、その繰越を広く可能とすべきである。
信託・会社(SPC)・組合を用いた集団投資スキームにも、一元化の効果が及ぶべきである。
納税方法としては、源泉徴収を活用しつつ、損益通算を幅広く行う個人投資家には申告納税を求める方法が現実的である。各納税者の金融所得を把握し広範な損益通算を可能とするために、納税者番号制度を選択的に導入することが考えられる。
経済産業省では5月29日まで報告書案に対するコメントを集め、6月に産業構造審議会に報告し、来年度の税制改正要望に反映していく予定である。金融所得課税一元化は、政府の税制調査会や金融審議会でも検討されているが、経済産業省の報告書案は、これらに先駆けて一元化の骨格を示している。さらに、経済産業省は、ファイナンシャル・プランナー約1800名を対象にアンケート調査を実施(弊部が経済産業省の委託を受け、日本ファイナンシャル・プランナーズ協会の協力を得て実施)し、報告書案にその結果も盛り込んでいる。即ち、報告書案は、個人投資家に接する機会の多い専門家の意見も反映しており、今後の「金融所得課税一元化」の議論に大きく影響を与えるものと思われる。
金融所得課税の一元化に向けた議論が本格化している。政府の税制調査会では、夏頃に方向性を示す予定で議論している。経済産業省でも産業構造審議会内の小委員会で検討を行っており、4月末に報告書をまとめる。さらに、金融審議会でも下部組織として「金融税制に関するスタディー・グループ」が立ち上げられ、昨日(3月25日)第一回の勉強会が開催されるなど、様々なところで検討が行われている。
金融所得課税の一元化とは、様々な金融商品から生じる損益を個人の投資家が通算し、均一の税率をかけて税額を算出する方法をいう。その主要な目的は、金融商品間で税負担の差が無い簡素な税制を導入することと、リスクマネーの供給を促進することにある。後者のリスクマネーの供給の観点からは、損失の控除が大きな問題となる。現行税制では、投資がうまくいって利益が出た場合は課税するが、損失については控除を認めないか、あるいは制限している場合が多く、これではリスクを負った投資を行うことは困難である。利益に課税する以上、損失の控除も幅広く認めて、国がリスクを分担すべきである。
しかし、その一方で、譲渡損に関しては、譲渡のタイミングを投資家が選択できるため、控除に制限を設けるべきという意見もある。控除を全額認めると、投資家は損失を前倒しで実現し、利益の実現を遅らせる可能性があるというのがその理由である。この考え方には、次のような点で問題があると思われる。
譲渡損を実現した場合は、損益通算で税額が軽減されたとしても、回収できるキャッシュ・フローは当初の投資額より減少する。レバレッジド・リースなどのように、減価償却費など、キャッシュ・フローの減少を伴わない損失を意図的に発生させる節税スキームとは区分して考えるべきである。
譲渡益の実現を先送りした場合、投資家はその後の下落リスクも同時に負う。したがって、投資家にはむしろ利益は早めに確定し、譲渡損の実現は回復するまで遅らせると思われる。行動ファイナンス論などでも、そのような考え方が示されている。
譲渡損益をいつ実現するかという選択権がある分、株価などの資産価格は高くなっており、その分譲渡による所得も増加すると思われる。
譲渡損などの損失のみを申告して、他の金融所得を申告しない可能性も指摘されている。あるいは利子などの源泉徴収のある所得について、譲渡損などの範囲内で架空の利益を申告し、納めてもいない源泉税の還付を求める可能性もある。したがって、損益通算を認めるための条件としては、通算の対象となる金融所得について、支払調書などの法定資料の提出と、納税者番号制度による名寄せを求めていくことが不可欠であろう。
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