行動ファイナンスと意思決定プロセスの改善

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2004年03月29日

  • 俊野 雅司
2002年のノーベル経済学賞受賞者カーネマン(Daniel Kahneman)は、行動ファイナンス(behavioral finance)と呼ばれる研究領域の基礎を築いたことで知られている。これは、非常に合理的で情報処理能力の高い投資家の存在を前提に構築されている従来の証券投資理論の修正を図るものであり、人間の認識・判断能力の限界や感情的要因を取り込んだモデルを提示して、従来の理論では説明の困難なアノマリーと呼ばれる現象の発生原因を特定化しようとする試みが行われている。

たとえば、日本人は安全指向が強く、株式投資比率がかなり低いと指摘されているが、その背景も行動ファイナンス上の概念を用いて説明できる。人間には、一般的に、利益よりも損失の方を重く受け止める傾向が見られ、損失の2~3倍の利益が見込めるのでなければ、50%ずつの確率で利益と損失が生じる賭けには参加しないとする実験結果が報告されている。中長期的な期待投資収益率という観点からは他の資産と比べて見劣りしないにもかかわらず株式投資を回避する傾向が見られるのも、このような損失回避傾向が背景にあるのではないかと指摘されている。さらに、この傾向は、投資パフォーマンスをチェックするタイミングを頻繁にするほど強くなる。年金資金のように、本来は中長期的な観点から実行すべき場合でも、短期的な証券価格の変動に過度にとらわれることによって、資金の性格にそぐわない運用が行われることがあり得る。このような「判断の歪み」を回避するためには、中長期的な政策資産配分を定めて、どのような環境のもとでもこれを固持することによって、運用担当者の恣意的な判断が介入する余地を最小限に留めることが効果的である。

一方、成長性や収益性の高いエクセレント・カンパニー(優良企業)の株式には、すでに割高であったとしても追加的な買い需要が発生し、逆に、赤字企業等の非エクセレント・カンパニーの株式は、たとえ割安でも放置される傾向が見られる。この現象の背景には、分析能力の限界や時間的制約から十分に株式価値の分析を行わずに、典型的な優良株かどうかによって投資判断が行われている(少なくとも強い影響を受けている)状況と整合的である。この種の歪みを回避するためには、エクセレント・カンパニーほど、業績悪化の材料がないかどうかを入念にチェックするなどの組織的対応をすべきであるという示唆が導かれる。

このように、行動ファイナンスには、アノマリーの原因を模索するばかりでなく、構造的な意思決定上の歪みの原因を特定化し、意思決定プロセスの改善策を提供する役割も期待できる。そのため、今後は、行動ファイナンスの普及を促進し、投資プロセスを初めとする様々な意思決定上の場面で、その示唆を活用していく展開が望まれる。

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