企業財務論の変遷-資本構成と証券設計-

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2004年02月26日

  • 小倉 正美
「企業財務論(Corporate Finance)」は、企業の資金調達を議論する「ファイナンス理論」の一分野であり、経済学、特にミクロ経済学をベースに発展してきた。

そもそも企業財務論は、1950年代におこなわれたModigliani と Millerの研究(MM理論)に端を発する。それは、“企業価値を最大化するには株式と債券をどう組合せればよいか”という、いわゆる「資本構成(Capital Structure)」の問題をテーマとするもので、その結論は、市場の完全性(税金・取引費用・情報コストがない、企業は倒産しない、主体の判断は合理的、など)を仮定すると、資本構成は企業価値に何ら影響をあたえない、というものだった。

しかし、実際は、資金調達手段にかかわる制度やコストはさまざま、それが企業価値に影響を与える可能性はあるわけで、以来、企業財務論は、MM理論の仮定を緩和するというかたちで、資本構成と企業価値の関係を議論する場となる。これまで、税制(負債の節税効果による企業価値の増大、1960年代)、倒産の可能性(負債増加にともなう倒産コストの増大、1960-70年代)、情報の非対称性(経営者・投資家間の利害対立にともなう「モラル・ハザード」や情報偏在にともなう「逆選択」に対処するためのコストの増大、1970-80年代)、などを考慮した議論がおこなわれてきた。

ただ、「資本構成」の議論は、証券の「型」を前提におこなわれ、そこに難点があった。というのも、証券の「型」には、株式・債券のほかに、優先株や転換社債など、株式と債券の両方の性質を備えた証券=「ハイブリッド証券」が存在する。これらを資本構成の枠組みで評価すると、対象とする「型」が増え、評価は必然的に複雑化してしまうのだ。

これに対し、いわゆる「証券設計(Security Design)」が、1990年代以降議論されるようになった。それは、証券を、企業資産に対する「権利」 —— 「利益権」(キャッシュフローを受け取る権利、自益権)と「支配権」(企業をコントロールする権利、共益権)——を明記した証書、とみなすことで、あらゆる証券を「利益権・支配権の組合せ」として統一的に議論する、というもの。「証券」の違いを「型」の違いではなく「権利配分」の違いとみなし、「資金調達」を「型」の選択=「資本構成」の選択ではなく「権利配分」の設計=「証券設計」ととらえなおすわけである。

また「証券設計」は、MM理論に端を発する「資本構成」の議論が「利益権」に特化したものであったのに対し、「支配権」をも考慮にいれたより一般的な議論になっているのが特徴である。ただ、これまでの成果は、残念ながら、ミクロ経済学で発展した「不完備契約論」(取引契約の不備を補う制度や法律のあり方を議論する経済理論)の単純な適用に留まっており、比較静学分析の域を出ていない。文字通り「証券を設計する」ための強力なツールとして機能するような、“画期的な枠組み”はいまだ得られていないのが現状であり、今後の研究の発展に期待したい。

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