米国のビジネス・インキュベーション

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2004年01月23日

  • 勝田 久男
米国においてもIT・ハイテク、石油、車などの大企業に注目がいきやすいが、一方で米国経済は中小企業の集合体(2002年:2,290万社)が重要な地位を占めていることも事実である。民間セクターGDPの52%(1999年)が中小企業によるアウトプットであり、米国の輸出企業の97%は中小企業に分類され、輸出金額でみるとそのシェアは29%(2001年)にものぼると推定される。

就業者サイドからみると、民間就業者の50%は中小企業が雇用、ハイテクセクターにおいては39%(2001年)が中小企業に属している。起業などによる新規増と倒産などによる減少を差引いた雇用純増(340万)の74%(250万)は中小企業が創出してきた。

特に米国経済全体の新規雇用(純増ではなく)は起業後1年~2年のスタートアップ・ベンチャーによってほぼ100%と創出されている推定されている(以上、米国中小企業庁)。

こうしたベンチャー・中小企業のスタートアップを考えるとき、組織人としてではなく、個人でリスクを取ってでも企業を立ち上げようとする起業家精神(アントレプレナーシップ)の存在がそのバックボーンにあるのは当然である。加えてスタートアップをバックで支援する共通認識や具体的仕組みもまた重要である。

その重要な柱が米国中小企業庁などによるファイナンス、研究開発支援、税制など、体系的、網羅的な公的支援である。

こうした公的支援に加えて、更に具体的にサポートする仕組みとして、リクイディティの厚みのある充実した資本市場(プライマリー・セカンダリーとも)、活発なM&A市場、VC、エンジェル投資家などの資金面の手当て、弁護士、会計士などの専門的サービスなどが挙げられる。本稿で取り上げるビジネス・インキュベーションも重要な役割を担っている。

ビジネス・インキュベーションとは「スタートアップや創立まもないベンチャーを対象に総合的なビジネス上の支援を行なうプログラム。その目的は利益の出る継続可能な企業に成長する可能性を高めること」(米国ビジネス・インキュベーション協会)である。

この定義のうちでより重要なのは「包括的・総合的なビジネス支援プログラム」ということであり、オフィス・建物など物理的な施設・設備はビジネス・インキュベーションにとって必要不可欠とは必ずしもされていない(もっとも、企業という実体が対象である以上実務面ではオフィスなどの物理的なサポートも必要となる)。

ビジネス・インキュベータ自身が持つ、あるいは他とのネットワークやコンタクトによって外部から得られる各種リソースやサービスを通じてベンチャーが立ち上がり、継続的な企業(ゴーイングコンサーン)として財務面でもたちゆくようにベンチャー支援をするのがビジネス・インキュベーションといえよう。

ビジネス・インキュベータは1959年から1964年にかけてニューヨーク州など東海岸中部州で始まったとされるが、現在のようにオフィススペースだけではなく、各種支援サービスまでを含む今日的意味でのビジネス・インキュベーションは実質的には1970年後半以降のことである。

現在、北米(米国+カナダ)においては950のビジネス・インキュベータ・プログラムが稼動していると推定される。過去14年間で2.44倍にまで増加、特にITなどのハイテク・ベンチャーブームが起こった98年以降はITバブルとその崩壊にもかかわらずインキュベータは大幅に増加してきている。

背景の一つには、冒頭にも述べた中小企業・ベンチャーの新規雇用創造能力やベンチャーの持つ技術革新への期待がある。このことは地域経済活性化を図る地域、特に高失業に悩む地域にとっては重要な視点といえよう。

ビジネス・インキュベーション・プログラム成功のポイントは以下のように整理できよう。

(1)インキュベータが必要との地域コミュニティのコンサンセスを背景に、大学や地方公共団体などスポンサーからの強力な支援、
(2)入居予定のベンチャーや技術、マネーなど経営資源の提供者・投資家からみてインキュベータ施設が好立地にあること、加えて施設が機能的なこと、
(3)成長が期待できる起業ベンチャーをうまく選択・入居できること、
(4)ビジネス・起業の経験豊かなマネージャーや支援部隊のサポート体制が万全であること、
(5)経営助言などの支援サービスが高品質であること、
(6)入居しているベンチャー同士や外部とのネットワーキング・連携の緊密化、
(7)入居ベンチャーにとって最重要な経営資源の一つはリスクマネーであるが、シード・初期段階への投資が可能なVC、エンジェル投資家との関係が築けること、


スタートアップ・ベンチャー、特にテクノロジーベンチャーが立ち行かなくなる要因として、(1)資本不足(あるいは資本アクセスが閉ざされていること)、(2)企業経営ノウハウが欠けていること、(3)自社製品・サービスについてのマーケティング・販売ノウハウが不十分、の3点を挙げることができる。

この観点からビジネス・インキュベーション成功のポイントをみると、第1番目は、起業・ベンチャー経営の経験がある優秀でダイナミックな動きができる責任者・マネージャーの存在である。しかもインキュベータ自体がベンチャー的な性格を有していることから本人自身が起業家精神を有していることが必須となる。

入居ベンチャーが直面するであろう多くの問題・課題に対してアドバイスする必要があることから、ビジネスセンスを有する経営ノウハウの持主であることも必要である。こうしたマネージャーはマネー、顧客、アウトソースサプライヤーなどの獲得に必要な外部コンタクトも豊富であろう。

第2番目のポイントはマネー調達である。米国においてもスタートアップなど立ち上がり初期のベンチャーへのリスクマネー供給は非常に低い。ハイリスク・ハイリターンが比較的許容された2000年のバブル期においてさえそのシェア(金額ベース)はVC投資全体の3%に過ぎず、バブル以降は減少傾向をつづけてきている。シードなどの初期ステージにあるベンチャーへのリスクマネー供給は極めて低いものと考えられる。

従って、VCやエンジェル投資家などと共同してインキュベータがベンチャーマネーへのアクセスを支援することはベンチャー育成のために大きな意味があると考える。また、インキュベータ運営面でみてもその成功要因として重要である。

わが国においてもビジネス・インキュベーションの重要性への認識が高まっている。その具体的な動きが、新事業創出促進法の趣旨に基づき、1999年6月に設立された日本新事業支援機関協議会(Japan Association of New Business Incubation Organizations、通称JANBO)である。

現在日本では266のインキュベータが稼動しているが、米国との比較で日本をみてみると、大学・研究機関の果たす役割が著しく低く(シェア2%)、政府(含む地方公共団体)やその外郭団体である開発公社の占める地位が極めて高いことである(合計67%)。今後は大学発の技術移転の重要性も勘案すると大学・研究機関によるインキュベータの設立が期待される。

また、わが国においてもインキュベーション・マネージャーの育成は最重要の課題の一つである。加えて、VCなどリスクマネーの出し手によるインキュベータへの参画や共同作業の推進なども今後インキュベータ運営に当たって考慮すべき視点であると考える。

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