情報技術発展のジレンマ

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2004年01月22日

  • 新林 浩司
日本の新札発行が当初予定の7月から少しずれて今秋になると聞いた。米国では昨秋、新20ドル紙幣が発行され、何度か手にする機会があったものの、財布の中はまだ旧紙幣ばかりである。しかしながら、新札が発行されて間もないうちにも既に偽造紙幣が見つかっているらしい。

米財務省検察局によれば、ドル紙幣全種の流通枚数に対する偽札比率は0.01~0.02パーセントということである。紙幣が1万枚あれば1、2枚は偽札が混じっている計算になる。飲食店やスーパーの店員が支払われた紙幣を目の前で光に透かして確認するのも、もっともな話である。

また、米国内で見つかった偽造紙幣のうち、デジタル技術を用いた偽札の比率は1995年時点で1パーセント以下であったのが、2002年には40パーセントまで増加したとのことである。従来はオフセット印刷などを用いて大掛かりに行われていた偽造行為も、パソコンおよびインクジェット・プリンター、スキャナー、カラーコピーなど関連機器の普及と低廉化に伴って小規模化、デジタル化してきたようだ。これらの機器を使うことで、精巧ながら安価に複製できるようになったことが紙幣偽造を容易にしている。そこで日米ともに、今回の新紙幣発行にあたっては、デジタル偽造阻止に主眼を置いた新しい偽造防止技術を導入している。

警察庁によると、日本でも平成11年(1999年)以降、パソコン用プリンター等による紙幣偽造が増えたということである。このタイミングはウインドウズ98の発売、千ドルパソコンの出現、インクジェット専用ハガキの発行、パソコンの世帯普及率が過半数を超えた時期などと前後している。試算してみると、流通枚数に対する偽札押収数の比率は、平成10年から平成15年までの6年間で、もともと偽造数が多かった一万円札で約5倍、五千円札と千円札では約100倍にも増加している。それでも流通枚数に対し百万分の一から二程度であり、米国紙幣に比べれば100倍安全だという言い方もできる。

情報技術の発展は世の中を便利にする一方、反社会的行為も助長することになり、ハイテク犯罪というジャンルさえ生まれた。コンピュータ・ウイルスやハッキング行為、不正な情報取得などを防ごうとしても、悪意の側と守る側の双方の技術が向上し続ける限り、いたちごっこは終わらない。情報技術がどれだけ進歩しても、戦いの舞台がデジタルの世界に移るだけで、善対悪の構図は変化していないのである。それどころか、インターネット社会は国境と通念を凌駕した情報共有をもたらし、不法行為の裾野をも広げることとなった。解決するどころか次々と新たな問題を抱えることになる「ハイテク・ジレンマ」を解消することも社会に課せられた使命の一つである。

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