デパートは閑古鳥、地下は熱狂——中国のZ世代は「推し」に投資する

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2025年07月16日

  • コンサルティング企画部 コンサルタント 孫 霽妍

長期休暇で中国に帰省し、久しぶりに地元のショッピングモールを歩いた。学生時代に通った老舗デパートは人影もまばらで、婦人服売り場では店員がTikTokを見て暇をつぶしていた。中国国家統計局が示す驚異的な数値——2023年百貨店の売上高前年比28.2%減少(※1)、まさにこの場所で静かに感じられた。

一方、地下1階は活気に満ちていた。「ONE PIECE」のゾロの巨大フィギュアを中心にアニメグッズ店が並ぶ別世界であった。2024年GDP成長率5%(※2)の裏でアニメ産業が急拡大しており、「二重経済」が目の前で現実となっていた。

特に印象に残ったのは「有楽町」と名付けられたアニメグッズ店だ。日本の街並みや文化を再現した店内には、日本から輸入されたフィギュアや一番くじ、中国語版の漫画などが並んでいる。秋葉原に迷い込んだかのような空間で、店員はフレンドリーに話しかけてきて、商品説明にも熱がこもる。彼らは販売員というよりもファンのようだった。

ここでは「谷子」(※3)という言葉が頻繁に使われる。若者の間でアニメグッズを指す隠語だ。原価5元未満の缶バッジが50元で販売され、限定品は中古市場で数千元にまで高騰する。一見非合理な価格体系は、「短時間の快感」や「情緒的満足」を重視するZ世代の「フラグメント化消費」(※4)を象徴している。グッズの開封シーンを配信する「開封動画」も人気で、高額の収益を得るインフルエンサーも増えている。

また、こうした消費潮流の背景には、物価上昇や就職難といった不安定な社会状況がある。将来への不安や経済的な圧迫感から「躺平(タンピン)」(※5)を選ぶ若者が増えており、二次元に癒やしや拠り所を求める傾向が強まっている。

この心理を巧みに捉えたのが中国のアートトイブランド「POP MART」だ。中身が見えない「Blind Box」が大ヒットし、中でもキャラクター『LABUBU』は、2025年6月に全高131cmの限定モデルがオークションで108万元で落札されるなど、社会現象となった。2024年には売上前年比107%、利益189%増を記録し、LABUBU関連だけで30億元を売り上げている(※6)。単なる物欲ではなく「現実では得られない達成感」を買う行為として注目されている。

この現象は中国国内にとどまらない。文化の双方向的な流通にもつながっている。中国発の人気ゲーム「原神」(※7)の日本限定グッズが秋葉原で販売される一方、日本製のガチャマシンが中国都市部で人気を集めるなど、中日間で相互にコンテンツが流通し始めている。

現代中国の消費行動は、節約と贅沢、現実と虚構の間で新たな価値観を模索している。Z世代の消費は単なるモノの購入にとどまらず、刹那的な喜びを切り取り、それをSNSで共有し、架空のキャラクターを通じて自己を再構築している。——これはもはや単なる消費ではなく、デジタル時代におけるアイデンティティや自己実現の一環と言えるだろう。アニメグッズの輝きから始まり、実体経済全体が新たな方向へと舵を切り始めている。

(※3)谷子は本来、中国語で穀物のアワを意味するが、英語の「Goods」に発音が似ていることから、アニメグッズの隠語として若者の間で広く使われている。
(※4)フラグメント化消費とは短時間・高頻度・感情駆動型の小額消費行動を指し、まとまった支出ではなく断片的な快楽(フラグメント)を積み重ねる傾向で、若者の間で広まっている。
(※5)躺平(タンピン)とは過剰な競争や雇用不安に抗して「最低限の生活」を選ぶ若者のライフスタイル。中国では2021年のネット流行語トップ10に選ばれた。

(※7)原神は中国のゲーム会社miHoYoが開発したオープンワールド型アクションRPGで、2020年9月にリリースされた。

注:レート2025年7月1日時点で1元=20.1円

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孫 霽妍
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