賢いシニアの資産運用戦略と為替の方向性
2025年05月09日
長期的なデフレ経済が終焉を迎え、2022年頃からインフレが進行しつつある。特にエネルギー価格や食料品価格などが高騰している。足元では賃金を引き上げる企業も多く、今後本格的なインフレ社会への転換が予想される。
インフレが進行すると生活費が上昇することになる。現役世代は賃金増加が期待できるのでまだいいが、シニア層は年金給付の増加が見込みづらいため、インフレ進行は大きなリスク要因となる。
エネルギーや食料の多くを輸入に頼っている日本では、国際的な資源・食料価格の上昇だけでなく、円安の進行が物価上昇に直結する。したがって、特にシニア層は円安が進行すると生活レベルを維持することが難しくなる。
「ガソリン価格が上がっても全然困らないよ」とあるシニアの知人は言う。理由を聞くと、コロナ禍で原油価格が大幅に下落していた頃に、ある石油メジャーの株をNISA口座で購入したからということだ。「世界的な脱炭素の動きとコロナ禍による景気低迷により、石油関連企業の将来は暗く株価も大きく下げているが、世の中から石油の需要が全てなくなることはない。最も財務内容が良くて、赤字でも増配を継続する強い企業なら大丈夫」というのが当時の購入理由だったようだ。その後の景気回復と円安の進行で、「免許返上までに使うガソリン代総額くらいの値上がり益が出た」と言う。なるほどと思った。
投資の世界では「100マイナス年齢」の数字が、保有するリスク資産の割合の上限値になるという考え方がある。年齢が若ければ長期目線での運用が可能で、一時的な相場下落があってもその後の上昇を期待できるが、高齢者になるとそれが難しいため、より安全度を高めた運用が望ましいとされる。
一方で、リスク資産という概念については、何が該当するかをよく考えた方がいい。投資する金融資産だけで考えると、外貨建て資産は為替リスクを負っている分だけリスクが高い。ところが、生活コストも含めてトータルで考えると状況が変わる。
具体的には、円高が進むと外貨建て資産の評価は下がるが、インフレが鎮静化して生活コストは安定する。逆に円安になるとインフレが進行して生活費が上がるが、外貨建て資産の評価が上がるためリスクヘッジ効果がある。インフレが怖いシニア層にとっては、外貨建て資産を保有することによって、老後を生きるためのリスクをある程度コントロールできるわけだ。
2025年のドル円相場は、米国長期金利の低下と国内の金利上昇による金利差縮小を受けて円高傾向となっている。過去のドル円相場と日米の金利差の動きは非常に強い相関があるので、今後も金利差縮小を受けた円高が進むと予想する向きは多いが、果たしてそうだろうか。
金利差は縮小方向にはあるが、依然として金利差が存在することは間違いない。金利差そのものに着目した新たな投資資金がドル資産に向かうことは常に想定される。したがって、金利差拡大局面で円安が進むのと同程度には金利差縮小局面で円高が進むことにはならないと考えられる。
ようやく日本にも「金利のある世界」が到来したが、冷静に考えると利率1%前後の日本国債よりも利率4%台の米国債の方が魅力的に映る。取引コストの縮小などで利便性が高まれば、米国債などの外貨建て資産に資金が向かう可能性が高そうだ。すでにNISAの投資枠拡充によって、高いリターンの実績がある海外株式投信に資金が流れており、それが新たな円安要因となっている。
個人金融資産は約2,200兆円であるが、60歳以上のシニア層がその6割以上を保有している。賢いシニア層が円の急落によるハイパーインフレのリスクに備えて、外貨建て資産への投資を増やすとしたら、円安圧力が強まることになる。
人口減少と少子高齢化が進む日本は潜在成長力が低く、貿易・サービス収支は2021年以降赤字が続いている。日本経済の構造を考慮すると、将来円安が進む可能性が高い。年金給付が主な収入源であるシニア層は、円安・インフレ進行による生活費上昇リスクと関連付けて資産運用のリスクを考えた方が良いだろう。
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主席コンサルタント 太田 達之助