保護主義への防波堤探しに動くASEAN

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2025年04月18日

2025年4月、米トランプ大統領は国・地域ごとの相互関税率を発表した。ASEANではカンボジア49%、ラオス48%、ベトナム46%、ミャンマー44%、タイ36%、インドネシア32%、マレーシア24%、ブルネイ24%、フィリピン17%、シンガポール10%と、基本税率のみが課されたシンガポールを除くと、どの国も非常に高い。トランプ大統領は、ASEANの多くの国々に対し、関税率の高さや非関税率障壁の存在について批判を繰り返している。しかし、ベトナムやマレーシアからしてみれば、これらの障壁を取り除く機会に最初に背を向けたのは、トランプ大統領自身だ、と主張したいところだろう。

ASEANと米国間の貿易障壁を取り除く絶好の機会は、環太平洋パートナーシップ(TPP)協定交渉にあった。2015年に大筋合意に至ったTPPは、ASEAN諸国が締結している他のEPA(経済連携協定)と比較しても関税撤廃率が高く、自由化の範囲も広く、ルールが厳格である点が特徴だった。交渉に参加していたマレーシアやベトナムにとっては、ISDS(投資家と国との間の投資紛争のための手続き)、国有企業、環境、労働、政府調達、知的財産の項目で大きな妥協を強いられたが、それでもなおTPPに参加することの意義を重視し、加盟へと進んだのである。しかし、第1次トランプ政権は2017年にTPP交渉から離脱、残された11カ国はCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)を発足させた。その後も、インドネシアがCPTPPへの加盟を申請したほか、タイやフィリピンは加盟のための国内での調整を行うなど、ベトナムやマレーシア以外の国々も加盟に積極的な姿勢を示している。仮に、米国を含めた12カ国(交渉当初国)でTPPの発足にこぎつけていたならば、TPPに参加していたベトナムやマレーシアと米国間のモノ・ヒト・投資のフローはもっと円滑だっただろう。

第2次トランプ政権では、自由貿易やグローバル化と逆行する動きが目立つ。ASEANのように、自由貿易圏のハブとなるべく、ルールの形成や自由化水準の向上の実現に向けて進んできた新興国が、米国の政策に乗じて、自国第一主義や保護主義に傾倒する事態には注意したい。現在のところ、ASEANは保護主義に傾倒するのではなく、米国への依存度を低下させるため、新しい輸出先を開拓すべく行動に移している。その中でも最も有望視されているのがEUである。ASEANの中で、EUとのFTAが発効しているのはシンガポールとベトナムの2カ国のみと少ない。しかし、そのベトナムでは、EUとのFTA発効後の2021年から2024年までの間、EU向け輸出が年平均+6.78%のペースで増加するなど、対米輸出(同+6.84%)とほぼ遜色のない成果が表れている(※1)。今回のトランプ関税への対応が、ASEANとEU間の関係強化につながるのか、保護主義への防波堤という観点から注目していきたい。

(※1)IMF “Direction of Trade”に基づく。

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増川 智咲
執筆者紹介

経済調査部

シニアエコノミスト 増川 智咲