桜に誘われて「記憶」を考える
2025年04月07日
先日、開花したばかりの桜に誘われ皇居周辺を散策していると、令和7年春の特別展「書物がひらく泰平」という看板が目に留まり、国立公文書館を初めて訪れた。国立公文書館には、「平成の書」、「令和の書」が所蔵されており、通常は複製だが、当日は「令和の書」の原本が特別に展示されていた。当時内閣官房長官だった菅義偉元首相が掲げていたのはこの墨書だったのかと思うと、感慨深いものがあった。お目当ての特別展は、江戸時代の出版文化を紹介するものであった。江戸時代は印刷技術が確立したことにより、大量印刷、挿絵や多色刷り等が可能となったため、江戸の大衆文化を一層華やいだものにした。
一方、当時、幕府の老中だった松平定信の下で行われた寛政の改革における出版規制が敷かれたのも同じ時期。NHK大河ドラマ「べらぼう」の主人公である蔦屋重三郎もこの規制に触れたため、処罰を受けた一人であったようである。蔦屋重三郎はともかく、寛政の改革や松平定信など、中学生時代の歴史の教科書で出会って以来ではあったが、覚えているものである。いずれにせよ、期せずして久しぶりの記憶に出会ったわけである。
さて、帰りの電車の中で、ふと周囲を見渡すと、自身のスマホの画面を見入っている人が殆どであることに気が付く。もちろん、今は新聞や電子書籍といわれる書物もスマホから簡単に閲覧できる時代。ただ、1ページずつ捲って本を読んでいた頃と比べて、スマホから入手できる情報はあまりにも膨大である。膨大であればあるほど、フェイクニュースやハルシネーションに遭遇する機会も増えているはずである。しかも映像などはタイパ(タイムパフォーマンスの略で、「かけた時間に対する成果」のこと)を重視して倍速で視聴することもよくあることである。そのような「爆速」の中で、前述の寛政の改革や松平定信のように、確かにあの時、読んだことがあるなぁと数十年後まで記憶できていることがどれほどあるか、はなはだ疑問である。
効率的にスピード感をもって物事に取り組むことは、たいていの場合は有効であり望ましいと思う。しかし、じっくり時間をかけて物事に取り組むことも同じくらい重要である。エビングハウスの忘却曲線によれば、学習から日が浅い段階で、繰り返し復習をすることで記憶の定着率が高まるとのことであるが、たまには脳を休めるくらいのゆっくりとした時間感覚をもって、脳への刺激に緩急をつけることも、記憶の定着に何らかの影響があるのではないかと思う、或る春の一日であった。
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