長期投資にとってリスクとは何か
2024年07月29日
年の初めに新しいNISA(少額投資非課税制度)がスタートし、早くも投資信託をはじめとする対象金融商品の「運用実績」の検証がウェブ上や金融専門のメディアの間で始まったが、とても違和感を覚えている。
まず確認しておきたい。NISAは長期投資のほうが有利に作られている。NISAで保有する資産を短期間で売却したからといって直接にペナルティがあるわけではないが、1年間の投資額に上限が用いられていること、解約によって解放された枠は実質的に5年先まで再利用できないことを考えると、5年以上の投資期間を想定して戦略を検討するべきだ。つまり、その間どんな経路をたどるかは一義的には関係なく、5年あるいはさらに先の投資期間終了時に、どのような資産額が期待できるかが問題なのである。
しかるに、制度スタートからほんの半年ほどで、すでにどの金融商品に投資していたら一番よい「結果」が出ていたかなどの形でパフォーマンスの比較が始められている。メディアが新しいNISAをホットトピックであるうちに題材として取り上げるのは別にかまわないわけだが、投資家なりNISA利用者なりにとって、そうした短期での運用実績評価の意義はどのあたりにあるのだろう。筆者にはほとんど思い当たらない。外国資産への投資が大人気、かつ円安が進んで、皆様けっこうな儲け方をしておられそうなこの時期だからとくにそうだ。筆者の感覚では、今年初にスタートして今後5年間同じリスク資産に毎月10万円を積み立て投資するとして、今価格が上がっていたら、むしろ残念である。これから5×12-7 = 53回にわたって毎月購入する資産の価格が、これまでより高くなってしまったわけだから。
虎の威を借りよう。(出典を確定できなかったので、著作者人格権上の問題があるとの指摘があり、名前は出せないが)誰もが知っている有力投資家が、将来に向けて株の購入額が売却額を上回る人は、いま株が上がったら悲しいはずだと言っていたように記憶する。ピーター・リンチも古典的著作で同じ趣旨のことを言っているし、ずいぶん前に亡くなった人だがバートン・ビッグスも同様のことを言っていた。曰く、自分のところ(ヘッジファンド)ではルールを設けていて、作ったポジションが一定の含み損を出したら、取れる行動は2つに1つにしている。大幅に割安になったポジションを大きく積み増すか、さもなくば手仕舞うかだ(筆者意訳)。
長期投資を考えるとき、ほんの数か月間の実績からわかることはほとんどない。投資は仮説の取引だから、棄却域、つまりロスカット水準は決めておく必要があるが、短期のパフォーマンスを見るべき理由はたかだかそんなものである。近々大きな支出の予定がある人はその支出を賄えるか確認するだろうから資産の状態を見るのだろうが、逆に言えば、長期投資における短期の実績は、長期投資を長期投資にしておけなくなるシナリオが顕在化した場合にのみ意味がある。つまり、短期のリスクは運用資産価格の上下ではなく支出計画の変動にあるのではないか。
過去のデータを使う限り、長期であっても運用実績評価の意思決定上の意義は実のところ怪しいものだ。どのような投資をしようかというとき、運用実績がどれだけの意味を持つかというと、投資信託その他、リスクある金融商品のパンフレットには必ず書いてある通りである。「過去の運用実績は将来の運用成果を示唆、あるいは保証するものではありません」。
金融資産以外に支出を賄う資金源がなくなる時期が近々やってくるという人なら、その収入源の状態をときどき確認するのは大事なことなのだろうとは思うし、PDCAを回したくなる気持ちもわからなくはないが、そうやって得られるものは特段ないのではないか。たとえば筆者自身、ここ1、2週間の円高などで、たぶん年収に相当するぐらいの金額を吹き飛ばしたが、それで将来に及ぶ生活態度を見直せたり、保有資産構成の大幅な変更を行えたりしたわけではない。端的に言うならただただ茫然で、具体的に行えた意思決定は、今後は証券口座の残高をあんまり見ないと決めたこと、それだけだったということを、事例の一つとしてここにご報告させていただく。世の皆様はどうなのだろう。
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