インフォーマル経済のフォーマル化への突破口
2024年07月18日
APEC(アジア太平洋経済協力)とその民間諮問団体ABAC(APECビジネス諮問委員会)は、21の参加国・地域が1年ごとに持ち回りで議長を務める。今年、2024年の議長国ペルーは、APEC、ABACいずれにおいても、重点テーマの一つに「インフォーマル経済からフォーマル経済への移行」を盛り込んだ。
インフォーマル経済(informal economy:非公式経済)とは、法規制の枠組みで保護、あるいは認知されていない多様な労働者や事業体を指す(※1)。途上国・新興国に多く見られる靴磨き、行商、道端の売り子、中所得国にも多い家族経営の小売店・飲食店、屋台の他、日雇い労働者、さらに新たな形態としてギグワーカーも同様の性質を持つ。なお、違法、不正な活動はインフォーマル経済に含まれない(※2)。インフォーマル度は総じて途上国・新興国で高い。世界銀行(※3)によれば、新興国・途上国においては、全雇用労働者の70%以上がインフォーマル雇用であり、GDPの3分の1近くをインフォーマル経済が占める。
インフォーマル経済自体は必ずしも「悪」ではないが、様々な問題をはらんでいることは確かだ。経済主体別にみると、インフォーマル労働者は低賃金、不規則な労働時間、社会的セーフティネットの利益を享受する機会の逸失等の問題に直面し、インフォーマルな企業には資本など生産要素へのアクセス機会が小さく、生産性の向上が遅い等の問題がある。政府にとっても課税対象が限定されるため財源が十分確保できない、労働者の負担に基づく社会保障制度の構築に支障が生じる、社会問題への対応手段の供給ルートが限定される等の問題がある。当該国全体としては資源配分の歪み、経済活動の非効率、低生産性が固定化される結果となる。インフォーマル経済のフォーマル化は経済発展を目指す上での重要な課題として認識され、SDGsが掲げる17の目標の一つに掲げられている(※4)。
ILO(国際労働機関)は、フォーマル経済化には①公式経済における適切な雇用と持続可能な企業の創出、②労働者と企業の非公式経済から公式経済への移行、③雇用の非公式化の防止、これら3つの経路があると指摘する(※5)。②の構成要素の一つは金融へのアクセスだ。金融へのアクセス向上は、主に開発経済分野のテーマである金融包摂(financial inclusion)と言い換えてもよいだろう。現在、ABACの金融・投資タスクフォースでは、革新的なデジタル技術の活用によってインフォーマル経済の中に滞留する企業や労働者の金融へのアクセスを向上させ、フォーマル化を促進すべきとの議論が行われている。
新型コロナウイルス感染症の流行は世界中に危機を引き起こしたが、数少ないプラスの副産物として電子決済の急速な普及を生んだ。とりわけ目覚ましい進化を遂げているのはインドだ。インドは2010年に個人識別番号制度“Aadharr”の導入を開始、Aadharrシステムによる本人確認手段の提供とデジタル技術の発達によって、電子決済の利用、さらに銀行口座の保有率が急速に高まった。現在では人口の9割以上が同システムに登録済みだという。14億人を超える世界最大の人口を抱える国としては驚異的な成果である。一方、より小さな規模であるが、デジタル技術によって金融へのアクセス向上が実現するサービスが生まれつつある。例えば、融資において必須である与信の情報が存在しない場合でも、多様な個人情報を組み合わせて仮想の担保を形成可能とするサービスである。
金融へのアクセスは、直接的にはインフォーマル経済が持つ問題点のごく一部を解決するに過ぎない。しかし、金融へのアクセスを通じて蓄積された情報が、さらに革新的な技術によって応用されることで、ボトムアップ的にフォーマル経済化が進むかもしれない。インフォーマル経済はビジネス関係者のグループであるABACの範疇を超えるイシューのように思われるが、新技術とそれを活用した新ビジネスが経済・社会構造や法制度にも影響を与える可能性もある。本年8月1日~4日、東京で開催されるABACではどのような議論が行われるか、見守りたい。
(※1)2023年10月、ILOはインフォーマル経済に関する統計の測定方法の改定を決議、その中でインフォーマル経済、インフォーマル雇用、インフォーマル労働等を定義している。
(※2)資料によってはいわゆる「闇市場」や「地下経済」をインフォーマル経済に含めている場合もある。
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