新興国の脱炭素化資金調達に妙手はあるか

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2024年06月24日

  • 政策調査部 南 玲子

2050年のカーボン・ニュートラル達成に向け、世界中で温室効果ガスの排出削減や脱炭素化に向けた資金需要が高まっており、これに対応すべく様々な資金供給促進策が講じられている。欧米では再生可能エネルギー関連を代表とする「グリーン」な技術や企業、プロジェクトに限定して資金供給するグリーン・ファイナンスが主流である。一方、日本は、グリーン分野のみならず、CO2を多く排出する産業が脱炭素化への移行(トランジション)を果たすための資金供給(トランジション・ファイナンス)も重要だと主張してきた。日本の産業の主な柱である鉄鋼、化学、石油、自動車等の製造業はCO2排出量が多く、脱炭素化を図るには革新的な技術の開発と実用化や製造プロセスの改革が必要であり、莫大な資金需要がある。トランジション・ファイナンスは石炭火力発電や多排出産業の延命策であるとして欧米から批判されていたが、最近では現実的なアプローチとして肯定的な見方も増えている。

経済成長の途上でエネルギー需要が増加の一途をたどる中では化石燃料に依存せざるを得ないが同時に温暖化に対する危機意識も高まっているASEAN諸国においても、トランジションへの資金供給を図る動きが活発化している。ASEANはEUタクソノミー(環境面でサステナブルな経済活動を「グリーン」と定義し、これに適合する経済活動や資金供給を促進する)等を参考に「ASEANタクソノミー」(2021年11月初版(※1))を策定。環境面で適格をグリーン、不適格をレッドと分類するだけでなく、グリーンに向かう途中段階として「アンバー(琥珀色)」も設け、アンバーへの資金供給も促進する姿勢を示した。

グリーンもアンバー(またはトランジション)も多額の資金を要する。日本ではトランジション・ボンドの発行実績がすでに20社、計8,932億円(2024年5月時点(※2))あるが、国内市場が小さいASEAN諸国は海外資金の呼び込みが不可欠だ。海外から長期資金を呼び込む場合、米ドル等の主要国通貨建てによる債券発行が主要な選択肢だが、その場合大きな課題となるのが為替リスクである。仮に米ドル建てで発行した場合、自国通貨が対米ドルで下落すると利払い額や償還額が膨らむ。為替相場が逆の方向に動けば利払いや償還額は縮小することになるが、新興国にとっては前者の影響度が大きい。

この問題を解決する手法として現在ABAC(APECビジネス諮問委員会。APEC(アジア太平洋経済協力)の公式民間諮問団体)で議論されているのがWPU(World Parity Unit)の利用である。WPUとは金融情報サービス会社FTSE Russell(FTSE)が開発したインデックスで、米ドル、日本円等先進国の7通貨と新興国の4通貨のバスケットで構成される。例えば米ドル建て固定利付債券を、利払い額と償還額がWPUにリンクして決定されるしくみとすることで、発行体、投資家の双方が、ドル建てや発行元の新興国通貨建てに比較して為替相場のボラティリティによる影響を抑制することが可能となるというものだ。通貨分散による為替リスクの抑制手段が組み込まれた金融商品といえるかもしれない。

画期的な手法のようにも思われるが、実現に向けた課題は多い。例えば、民間企業FTSEが算出するインデックスにリンクして利払い額や償還額を決定することについて、何らかの保証は必要ないのか。償還までの間にFTSEが破綻し、算出主体が消滅した場合どうするのか。グリーンやアンバー(またはトランジション)という趣旨が、流動性に優れる米ドル等主要通貨建て債券ではなく、また、米ドル建てよりリターンが低い結果に終わるかもしれないWPU建てを選択させるだけの共感を海外投資家から得られるのか。共通通貨ユーロ創設以前の1990年代、欧州で共通バスケット通貨ECU建て債券の発行が行われていたことに比較しても難易度は高そうだが、カーボン・ニュートラルを加速する新たなアセット・クラスの創出に向けた検討が進むことを期待したい。

(※1)2023年3月に第2版公表。

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