民間企業のニーズが主導する貿易取引のデジタル化

RSS

2024年05月23日

  • 政策調査部 南 玲子

デジタル化の動きは貿易の分野においても加速している。貿易とは外国の相手方との間でモノやサービスを取引する活動であるが、このうちモノの貿易には輸出者と輸入者だけでなく双方の関係政府機関、運送事業者、銀行、保険会社等の多様な関係者が存在し、取引を完結させるまでのプロセスは非常に長く複雑だ(図表1)。この過程で発生する様々な手続きと事務処理は大量の手作業と多種多様な紙媒体の文書を伴う。

図表1:多数のプレイヤーが関与する複雑な貿易手続き

1990年代後半以降、紙と手作業に依存した貿易手続きにデジタル技術を導入する取り組みが各国で進められてきた。日本においてもフォワーディング業務をクラウド上で提供する株式会社Shippioが2016年6月に、民間事業者間の港湾物流手続を電子化するCyberPortTMが2021年4月に、それぞれ設立される等の動きがあった。ただし、多くの場合、デジタル化の対象は貿易取引のうち国内の一部業務にとどまっている。多様な参加者が登場する複雑な取引をデジタル化する難易度は極めて高いからだ。船荷証券(B/L)等の書類について原本を必須としている法制度、取引データの真正性とセキュリティを確保する技術の難しさ、膨大な量のデータを取り扱うシステムの構築・維持管理と参加側のコスト等、障壁は多い。

ところが近年、技術革新によって技術面の課題が解決する可能性が高まってきた。ブロックチェーン技術の活用によって高いセキュリティ・レベルの実現とコスト低減が可能となることがわかってきたためである。特に国連が2017年7月にB/Lを含む貿易書類の電子化に向けたモデル法を採択して以降、各国は競ってデジタル技術に基づく貿易プラットフォームの構築を進めている。

日本では、荷主企業、物流会社、金融、IT企業等13社による貿易コンソーシアムが2017年8月に発足、2020年4月に株式会社トレードワルツが設立され、同年11月にブロックチェーンを活用した貿易プラットフォーム“TradeWaltz🄬”が事業を開始した(※1)。同社によれば、貿易事業者の輸出関連手続きに要する時間・コストを44%削減する効果が確認されたそうだ。日本政府としても、「経済財政運営と改革の基本方針2023」(骨太の方針)において貿易のデジタル化に言及し、同方針を受けた経済産業省は2028年度に貿易取引デジタル化率10%との目標を掲げた。法制度面のボトルネックであるB/Lの電子化については2024年度中に関連法が改正される見込みである(※2)。

図表2:ブロックチェーンを活用した新しい貿易の形

ただし、依然課題は多い。多種多様な貿易取引の関係者が賛同し、多くの参加を得てプラットフォームとして機能するまでの道のりが平坦ではないことは、業界外からも容易に想像できる。相互接続に不可欠なデータ等の標準化等、課題は山積だが、ここでは貿易相手国・地域との相互接続について触れたい。「貿易」のデジタル化である以上、貿易相手国との接続が不可欠であり、あらゆる国・地域との貿易において利用できることが理想形だ。ブロックチェーン活用の発想に基づけば、世界共通のプラットフォーム構築を追求するよりも、同様の仕組みを作った国・地域との相互接続を順次進めることが現実的であり効率的であろう。この観点では、APEC(アジア太平洋経済協力)の枠組みを活用することが有効だと考える。APECの参加国・地域はいずれも日本との経済関係が密接であり(※3)、下部組織として公式民間諮問団体のABAC(APECビジネス諮問委員会)を持つ。ABACの委員は各国・地域の有力企業や経済団体等の代表であり、自国・地域での同様のプラットフォーム設立や相互接続への関心を高める上で発言力が大きい。APECの自主的、非拘束的、コンセンサス・ベースの原則に基づいて仲間を広げ、貿易プラットフォームの相互接続が拡大していけば、日本国内のデジタル化推進に拍車がかかるだろう。日本の経済・産業にとって貿易は極めて重要な役割を担っており、貿易取引の効率化、強靭化は国の競争力向上につながる。政策面の支援はもちろん重要だが、貿易に関わる民間企業自身のニーズが原動力となって、貿易取引のブレークスルーが早期に実現することを期待したい。

(※1)トレードワルツの他、株式会社STANDAGEは貿易金融のデジタル化に着目し、ブロックチェーンを活用した貿易決済サービス「デジトラッド」を提供している。
(※2)本稿作成時点。
(※3)トレードワルツはこれまでにシンガポール、タイの他オーストラリア・ニュージーランドの貿易プラットフォームとの相互接続に成功しているが、これらはいずれもAPECのメンバーである。

このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。