2024年05月08日
脱炭素に向けて、再生可能エネルギーや送電網、蓄電池などの投資には膨大な資金が必要になる。多くの新興国ではこうした投資を賄うのに十分な金融市場が整備されておらず、多くの資金を海外市場で調達することになる。IMFによると、アジア新興国では年あたり少なくとも1.1兆米ドルの資金が必要である(※1)。資金調達で用いる通貨は最も流動性が高い米ドルとなることが多い。
その際に最大のリスクの一つが為替リスクである。日本では円安による弊害として国内物価の上昇が挙げられることが多い。もちろん新興国でも米ドルに対する自国通貨安は自国物価の上昇につながるリスクである。新興国が日本と異なるのは、上述のように資金調達を米ドル建て外債に頼っているため、資金調達が難しくなることが同時にクローズアップされることだ。また、既存の米ドル建て外債の返済負担も大きくなり、新興国の財政や企業財務を圧迫することにもつながる。
新興国による脱炭素に必要な資金の調達を拡大させる観点から、弊社中曽宏理事長が議長を務めるABAC金融タスクフォースでは2023年8月に、World Parity Unit(WPU)という通貨バスケットに連動する債券の発行を含む提言をまとめ(※2)、2023年11月に米サンフランシスコで開催されたAPEC財務大臣会合で提言の承認を受けた。
WPUというのは図表1にあるように先進国の7通貨と新興国の4通貨から構成される通貨バスケットで2011年12月31日を1米ドル/WPUとして2012年2月21日からFTSE Russellが算出している。WPU連動債は、利払額や償還金がWPUに連動して決まる債券である。通貨分散により為替変動リスクが低減される仕組みになっている。
2024年ABAC金融・投資タスクフォース(2023年にABAC金融タスクフォースに投資を名称に追加)では今年、この提言を実行するための活動を行っている。今年2月にペルーのアレキパで開催されたAPEC加盟国の財務省・中央銀行の代表にWPU連動債のスキームを説明し、複数の国の財務省や国際機関などから支援の表明を得た。今年は第一号のWPU連動債の発行を目標にABAC金融・投資タスクフォースは活動している。
4月22~25日に香港で開催された2024年ABAC第2回会合後の記者会見において、香港の記者からABAC執行部への最初の質問が、いくつかのアジア新興国の通貨が過去最安値を更新している状況についてABACはどのような処方箋を持っているかというものであった。金融・投資タスクフォース議長として中曽理事長と本プロジェクトの責任者となっているオーストラリアのABAC委員がWPU連動債の取り組みを説明し、香港メディアがこの取り組みを報じた 。改めて、アジア新興国では、為替リスクを低減するための金融手法の開発・実現が強く求められていると感じた。
(※1)Cheng Hoon Lim ; Ritu Basu ; Yan Carriere-Swallow ; Kenichiro Kashiwase ; Mahmut Kutlukaya ; Mike Li ; Ehraz Refayet ; Dulani Seneviratne ; Mouhamadou Sy ; Ruihua Yang 2024 “Unlocking Climate Finance in Asia-Pacific: Transitioning to a Sustainable Future” International Monetary Fund
(※2)ABACについては山崎政昌「ABAC金融・経済作業部会2022年提言~ABACって何?~」(2022年10月5日、大和総研コラム)を参照。2023年ABAC金融タスクフォースのAPEC財務大臣への書簡と提言なども参照。
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- 執筆者紹介
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政策調査部
主任研究員 山崎 政昌
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