インフレによる財政再建は高齢者世帯にしわ寄せ

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2023年12月06日

2022年4月以降、日本では消費者物価指数で前年比+2%以上のインフレが続いている。ある程度のインフレが定着してきたと考えてよいかもしれない。ところでインフレは、経済主体のバランスシートに影響を与える。例えば、資産がインフレに連動して増加し、一方で債務が額面のまま変わらなければ、実質的な純資産(資産-債務)は増加する。そこで、バランスシートの観点から、インフレが政府や家計の純資産に与える影響について考えてみたい。

政府のバランスシートを見ると、実物資産や株式、外貨準備などインフレに連動しやすい資産を持っている一方、債務はインフレで実質的に目減りする国債がほとんどだ。そのため、インフレが発生すると政府の債務は資産と比べて大きく圧縮され、政府の純債務(債務-資産)は減少すると考えられる。

極端に言えば、政府の純債務はインフレで解消可能である。名古屋大学の齊藤誠教授の分析(※1)によると、政府の純債務は物価が3倍に高騰すれば解消するという(ただし、金利の変動は考慮されていない)。

他方で、家計部門では資産に占める現預金の比率が高い。現預金はインフレに弱いため、物価が高騰すれば純資産は減少しやすい。齊藤教授によれば、物価が3倍になると家計・企業を合わせた純資産は14.6%減少する(実物資産を含むベース)。

ただし、齊藤教授も指摘しているところだが、物価高騰から受ける影響は家計によってさまざまだ。そこで、齊藤教授の分析から一歩進めて、3倍の物価高騰が発生した場合の1世帯あたり純金融資産(実物資産を含まない)の変化について、世帯主の年代別に試算したものが下図である。実質額で見ると、40代までは債務の目減りによって純金融資産は増加するが、50代では400万円弱、60代以上では900万円弱、純金融資産が減少してしまう。それらのマイナスについては、前述のように、実物資産では補えない。

もちろん、財政の持続可能性のためには、必ずしも政府の純債務をゼロにまでする必要はなく、3倍の物価高騰が実際に起きるわけでもないだろう。だが、仮に大幅なインフレによる財政健全化策が採られれば、高齢者世帯に負担が集中することになる。

かつて、自民党の元衆議院議員で財務相や経済財政相、官房長官などを務めた故・与謝野馨氏も、「政策的インフレによる財政再建とは、高齢者狙い撃ちのステルス型増税による財政再建に他ならない」(※2)、「一生かかって貯金してきた人々の金融資産を一気に目減りさせてしまいかねない」「インフレ政策は悪魔的手法だ」(※3)と手厳しかった。

日本の政府債務は膨大であるため、財政当局にはインフレによる財政再建を期待する気持ちもあるかもしれない。現状のような前年比+3%程度のインフレでも、金利が低位で抑えられている限り、政府債務を実質的に減少させる働きを持つ。だが同時にそれは、高齢者層を中心とした預金の目減りを引き起こす。特定の世代に負担を強いるインフレ政策は、公平性の観点などから問題があろう。政府には、インフレに頼らず、地道に財政再建に取り組む姿勢が求められる。

図表:年代別の1世帯あたり純金融資産(実質額)とその変化

(※1)齊藤誠『財政規律とマクロ経済 規律の棚上げと遵守の対立をこえて』名古屋大学出版会、2023年
(※2)与謝野馨『堂々たる政治』新潮社、2008年
(※3)与謝野馨『民主党が日本経済を破壊する』文藝春秋、2010年

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執筆者紹介

経済調査部

シニアエコノミスト 末吉 孝行