物価上昇で年金財政はどうなる?

RSS

2023年06月23日

わが国では賃上げの動きが見られ、物価の上昇も続いている。この動きが将来も持続するかはまだわからないが、デフレ脱却に向かっていることは確かだろう。

ところで、公的年金にはマクロ経済スライドと呼ばれる仕組みがある。毎年の年金支給額の伸びを抑制して制度の持続可能性を高めるものだ。しかし、賃金と物価が上昇を続けるという前提で設計されており、これまでデフレ状態が長く続いたため、マクロ経済スライドは所期の成果を十分に発揮できていなかった。

今後、賃金と物価の上昇が継続していけば、マクロ経済スライドが機能して年金制度の持続性は高まると考えられている。政府が5年に1度実施し、公的年金の健康診断ともいわれる財政検証でも、賃金上昇率2.3%、物価上昇率1.2%(名目賃金上昇率から物価上昇率を差し引いた実質賃金上昇率1.1%)の状態が続く下では、マクロ経済スライドが機能して制度が持続できることが確認されている(2019年に行われた財政検証における代表的なケースの場合)。

だが、実際に賃金上昇率や物価上昇率が、財政検証と同じになる保証はない。そこで、賃金と物価の上昇率、及び年金財政に大きな影響をもたらすと考えられる年金積立金の運用収益率を機械的に動かして、所得代替率に与える影響を分析した(図表参照)。

なお、所得代替率とは、モデル年金(夫が平均賃金で40年間働いた会社員、妻が専業主婦である場合における世帯の、受給開始時の年金)の現役男子の平均手取り収入に対する比率である。現役世代と比べた年金生活者の相対的な豊かさを示すものであり、それが大幅に低下することは望ましくない。そのため、所得代替率が先行き5年以内に50%を下回る見込みとなった場合には、政府は給付水準の調整や給付と負担についての検討を行い、所要の措置を講ずることとされている。

分析の結果、例えば物価上昇率が0.5%pt高まると、所得代替率が3%pt以上も低下することが示された。68歳以上の年金受給額は物価に連動して増加するため、物価上昇は年金財政の収支を悪化させる。その結果、マクロ経済スライドによる給付調整が長期化し、所得代替率が低下するというわけだ。

もっとも、財政検証などで公的年金制度の頑健性をチェックする際は約100年間という超長期で考える。その間に物価上昇率のみが高まり、賃金上昇率や運用収益率が高まらないということは想像しにくい。そこで、賃金上昇率や運用収益率も同じように0.5%pt引き上げて計算すると、所得代替率はわずかに改善する。

しかし、実際の年金積立金のポートフォリオは半分程度が外国資産であり、国内の物価上昇が運用収益率にどのように影響するかについては、不透明な部分も残る。現在政府の委員会では、2024年夏に予定されている財政検証に向けて様々な議論が行われているが、運用収益率を含め経済前提をどう置くかによって年金財政の将来像は大きく影響を受ける。政府内の議論に注目したい。

図表:物価上昇率、賃金上昇率、運用収益率の変化がもたらす所得代替率への影響の推計

このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。

執筆者紹介

経済調査部

シニアエコノミスト 末吉 孝行