ROE改善に向けて注目される地方銀行のコンサルティング機能

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2023年06月19日

6月も後半に入り、間もなく3月期決算の企業の多くが株主総会を迎える。近年は、増配や自社株買い等の株主還元を求めるアクティビストが、株主提案を提出する件数が増えているようだ。今年の3月末に、東京証券取引所が「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」を公表したことも、企業の還元方針に対する株主の関心が高まる一因となっていると思われる。

業種別のPBRでは、銀行セクターが低い。東京証券取引所の「規模別・業種別PER・PBR(連結・単体)一覧」(5月)によると、銀行業の連結PBR(単純平均、プライム市場)は0.3倍と、33業種の中で最も低い。特に、地元の個人や中小企業向けのビジネスがメインの地方銀行は、人口減が続く中で持続的な利益成長が可能なのかとの不透明感もあってか、低いPBRで評価されているケースが多い。地方銀行の経営陣の危機感も高まっているようだ。決算説明会での発言や説明会資料をみると、「企業価値向上に向けた取り組み」等を盛り込む例やそのボリュームが、昨年よりも増えたように思われる。

PBRはPERとROEの掛け算となる。このため、決算説明会資料に記載された低PBRの解消に向けた取り組みも、概ね「PER」と「ROE」に分けて紹介されている。ただ、PERとROEを比較すると、私が参加した決算説明会からは、ROEの改善に向けた取り組みをより重視する傾向が強いと感じた。利益水準を高めてROEが改善すれば、それを好感して株価も上昇する(1株あたり当期純利益が増加することで、株価も上昇する)との考えだ。

では、ROEの改善策にはどのようなものが挙がっているのだろうか。財務状態(自己資本比率、当期純利益の水準、優先株の有無など)によって方針は多少異なるものの、①一定の自己資本比率を維持した上で、今後積みあがる利益を基にリスクアセットを増やす、②リスクアセットの収益性を高める、③増配や自己株式取得を通じた株主還元を強化する、ことを挙げるケースが多い。収益性に関する②の具体策については、ストラクチャードファイナンスへの取り組み強化などより収益性の高いアセットへのアロケーションを高める、法人向けでは事業承継・M&A・ビジネスマッチング・経営計画策定支援などで収益機会を増やす、個人向けでは住宅ローンを起点に顧客のライフステージに応じた金融商品等の提案で収益機会を増やす、等が挙げられている。いずれも高度な専門知識の習得と実践経験、顧客ニーズの察知力や提案力が求められるものである。

このようにみると、ROE改善のカギを握る要因のひとつは、「人材が質・量の両面で間に合っているか?」ではないだろうか。地方銀行業界では2010年代半ば以降、証券子会社を設立するなど非資金利益獲得に向けた取り組みを強化してきており、人材もノウハウも蓄積されてきている。しかし、顧客から継続して評価され、収益を上げるためには、ますます高まる顧客からの要求水準に応じられるよう、地方銀行側のコンサルティング機能が成長していかなければならない。外部の専門会社への出向、業務提携、外部委託等は既に活用されているが、これらを継続した上で、いかにノウハウを顧客に最も近い営業員まで浸透させるかが重要だ。営業員の自己研鑽を促す仕組み(ファイナンシャル・プランナー資格の取得奨励と給与水準への反映など)、営業員の把握した顧客ニーズに即応できる仕組み(営業員が直接相談できる専門部署の立ち上げなど)、営業員のスキルアップに向けた人事ローテーション(コンサルティングを担う子会社<銀行業高度化等会社>や専門部署への一時的な異動など)等が求められよう。ROE改善に向けた地方銀行の取り組みとして、今後注目していきたい。

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中村 昌宏
執筆者紹介

金融調査部

主席研究員 中村 昌宏