アジア地域での事業拡大で注目される現地日系企業のコスト対応力

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2021年12月15日

アジア地域に進出している日系企業の現地での収益が、改善に向かっている。日本貿易振興機構(ジェトロ)が12月7日に発表した「2021年度 海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」(※1)によると、2021年に営業利益の「黒字」を見込む企業の割合が63.0%となり、前年(48.9%)から回復した。

その一方で、先行きの事業拡大に向けた意欲は、まだ新型コロナウイルス(新型コロナ)前の水準には戻っていない。「今後1~2年の事業展開の方向性」を「拡大」と回答した企業の割合は43.6%と2020年調査(36.7%)を上回ったものの、2019年調査(48.9%)より約5%ポイント低い。企業へのアンケートが8月25日から9月24日と、一部の国や地域では新型コロナの新規感染者数が高止まっていた時期だったことが、事業拡大に対する意欲を慎重にさせていたのかもしれない。

しかし、今回のジェトロのアンケート項目や回答結果からみると、「脱炭素化」や「サプライチェーンにおける労働・安全衛生など人権の問題」への企業の意識・関心が高まったことで、企業の「事業拡大に対する意識」に変化が生じている可能性が考えられる。

現状では、「脱炭素化」に既に取り組んでいる企業、取り組む予定の企業の割合がそれぞれ30.9%を占め、合わせて6割の企業が取り組む姿勢を示している。背景には日本の親会社からの指示・推奨が多く(回答の7割相当)、取引先からの要望はまだ少ない(日系取引先で約2割、非日系取引先で約1割)。しかし、世界各国が脱炭素化に向けた取り組みを進める中、今後は取引先が脱炭素化を求める動きは増えるだろう。

「サプライチェーンにおける労働・安全衛生など人権の問題」も同様だ。現状では「サプライチェーンにおける人権に関する方針を策定し、調達先企業に対してその準拠を求める」と回答した企業は23.2%に留まっているものの、今後は進出国の納品先企業からの準拠要請(既に求められている企業の割合:18.7%)や日本の納品先企業から準拠要請(同12.7%)が一層高まり、現地日系企業が調達先企業に準拠を求めるケースが増えると予想される。

これらの企業の意識・関心の高まりは、いずれも費用、時間、管理の負担を増やすことになる。一時的な負担であれば経営努力でコスト増を吸収することは可能かもしれないが、事業規模が拡大するほどこれらの負担も増え、持続的な生産性の改善がなければコスト増を吸収し続けることは容易ではない。

これまで、日本企業が中国やASEANなどのアジア地域に進出し、事業を拡大してきた背景には、豊富で安価な労働力を基に製造コストを下げて日本など先進国に輸出することや、進出先国が経済発展と所得水準の向上で自社製品の新たな販売市場となることがあった。現地日系企業は、「品質、納期、コスト」の条件で他社より優位に立っていれば、顧客企業から受注を増やすケースが多かった。

しかし、今後は「脱炭素化」や「人権問題」への対応が遅れることで、顧客企業の調達先企業リストから外される可能性もある。現地日系企業は、地場企業をはじめ他社との競争が激しい中、「脱炭素化」や「人権問題」への対応で増えるコストに対応することが求められる。言い換えれば、コストを生産性の改善で吸収できるか、あるいは販売価格に転嫁できる事業モデルかどうかが、今後、アジア地域での事業を拡大する上で重要となるだろう。

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中村 昌宏
執筆者紹介

金融調査部

主席研究員 中村 昌宏