中国は債務危機にどう向き合っていくのか?

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2021年10月21日

  • 児玉 卓

中国恒大集団の経営危機が今後どのように展開していくかを見通すことは難しい。「第二、第三の恒大」の出現を危惧する声もあれば、中国政府の危機対応能力の高さを拠り所とした楽観論もある。もっとも、今問うべきは中国政府の能力よりも、その意思であるように思える。さしあたり注目すべきは、恒大問題が高いレバレッジを利かせた不動産開発ビジネスの不可逆的な終焉を意味しているのか、あるいは中国の政策はあくまで融通無碍なものであり、不動産デベロッパーの野放図な資金調達に歯止めをかけた規制強化も状況次第で緩和、撤回され得るものなのか、ということであろう。

前者であれば、不動産開発とその波及効果がもたらしてきた景気拡大効果と雇用創出効果を、今後何が補っていくのかという問題が生じる。新たな成長パターンへの移行がままならず成長率の鈍化に拍車がかかれば、バブル期の日本を超える債務/GDP比の圧縮が難しくなる。一方、後者の場合であれば、うまくすると不動産価格は持ち直して、不動産開発ビジネスは活況を取り戻し、地方政府の財源も安泰ということになるかもしれない。しかしそれは、さほど遠くない将来に「拡大版恒大問題」を引き起こさずにはいないであろう。マクロの債務/GDP比の圧縮も、今度は分子の膨張ゆえに困難化する。いずれにせよ、インフレ率の急騰か人民元の暴落でもない限り、中国の債務問題は長期化が避けられない可能性が高いわけだが、中国政府がいずれを選ぶかによって、今後の成長パターンや潜在的なリスクの蓄積度合いが大きく左右されることになろう。

これまでの経験からみれば、中国政府が短期的なハードランディングの回避を選択して先送り戦略に徹するというのが妥当な予想ということになろうか。ただ、昨今の習近平氏への権力の集中と同氏による独裁的な長期支配の可能性が高まっていることは、中国の政策的プライオリティを変化させるファクターであるかもしれない。何故なら、先送り戦略への傾斜という経験則は、かつての「(各人の任期が限定的な)集団指導体制」が政治リーダー達に近視眼的な政策を選択するインセンティブを与えてきた結果である可能性があるからだ。習氏による長期政権が中国の人々の厚生にとってプラスとなるかどうかはともかく、中国の政策決定に長期的視野が持ち込まれる可能性は相対的に高くなっていると考えられよう。

一方、激烈な対香港政策に例を求めるまでもなく、習近平氏への権力の集中は政治的自由の圧殺を伴ったものでもある。中国における政治的自由の希求は、不断の所得水準の上昇によって抑え込まれてきたとする理解が一般的だが、習氏が「長期的視野」に立って中国経済の不動産開発と債務依存体質からの脱却を図るのであれば、短中期的には成長率の一段の鈍化は必至であると考えられ、経済的達成が政治的不満足を相殺するという図式は成り立ちにくくなる。

そもそも、この図式は本質的なジレンマを内包したものでもある。経済成長に伴う所得水準の上昇は、その場その場では政治的自由の希求を宥めすかす役割を果たすかもしれないが、長期的にはより多くの中間層を生むことで人々の関心を多面的なものとし、結果的に中国における政治的自由の希求をより強い、広範なものとする可能性が高いからだ。

政策決定に長期的視野を持ち込むことは、「債務問題」に限って言えば、リスクの蓄積に歯止めをかける有益な方向であるかもしれない。しかし、だから中国政治・経済の「長期的」展望が開けてくるわけでは必ずしもない。

結局、サステナビリティの観点から最も危ういのは、持続的な経済成長であろうか?それとも政治的自由を圧殺し続けることであろうか?あるいは習政権そのものなのだろうか?

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