「失われた○○年」の克服か、それとも新しい価値観の模索か
2021年10月19日
新型コロナウイルス(以下、新型コロナ)は世界中を恐怖に陥れた感染症であるが、昨年新型コロナの影響が鮮明になってから、先進各国は経済の「日本化」(ジャパニフィケーション)が加速することも恐れているようだ。「日本化」は様々な面で用いられるが、経済における「日本化」は長期の低成長、低金利、低インフレと、大まかにいえば長期停滞の状態であり、残念ながらネガティブな意味合いで用いられる。
ちなみに、筆者が学生時代に読んだ長期停滞に関する論文で、タイトルに”A Contagious Malady?”(伝染病?)というフレーズが含まれたものがあった(※1)。同論文では、国家間の資本フローとそれによる自然利子率への影響により、長期停滞が伝播していく可能性等を理論モデルで示している。内容はさておき、この刺激的なタイトルから分かるように、長期停滞は病気のように恐ろしいものといえるのだろう。
長期停滞は嫌なものであり、どう克服すべきかの思案がなされてきた。ただ、これはあくまで感覚的な話だが、少子高齢化の進行を理由に一種の諦めのようなものを感じている人も多いのではないか。さらに、個人間で「君、生産性低いね」と言われたら怒りが湧くとともに奮起するものだが、日本経済については「生産性が低い」と指摘されることが何だか当たり前のようになってしまっている。
また、日本経済は停滞が長期化し、「失われた30年」等とも言われるようになっているが、「失われた○○年」と言うのに30年は長すぎるだろう。もはや何を失ったのかが分からない人も多いのではないか。データを見れば長期停滞状態にあることは理解できるが、例えば筆者が生まれたのはバブル崩壊後であるため、実は失う前を経験していない。「人々が何を経験したか?」という視点は重要であり、例えば、日本のインフレ期待が高まらない一因として、「そもそも物価上昇を経験したことがない人が増えているから」という指摘もある。
さて、コロナ禍により失われた40年に突入するとの懸念も指摘されているようだ。こうした事態を防ぐための努力は行われるだろうし、期待したい。しかしその一方で、単純な経済成長以外の幅広い価値観も重要とするSDGsが急速に広まっている。こうした様子を見るに、何をもって「失われた○○年」の克服なのかが分からなくなっている中で、これまでとは別の軸で、新しい価値観の模索が進んでいるようにも感じる。
(※1) Eggertsson, G. B., Mehrotra, N. R., Singh, S. R., & Summers, L. H. (2016)”A Contagious Malady? Open Economy Dimensions of Secular Stagnation”, IMF Economic Review, 64(4), 581-634.
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- 執筆者紹介
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ニューヨークリサーチセンター
研究員(NY駐在) 藤原 翼
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