鉄道運賃へのダイナミック・プライシング導入で需要は平準化するか
2021年07月26日
新型コロナウイルスの感染拡大が落ち着き、ワクチン接種率が十分に高まる頃には、対面や移動を伴うサービス需要は本格回復に向かうだろう。ただし、感染が収束しても感染拡大前の水準に戻らないとみられる需要は多い。鉄道利用はその1つだ。テレワークが定着したり商慣習が対面からオンラインへとシフトしたりすることで、在来線の利用や定期券の購入は大幅な回復が見込みにくいためである。
こうした中、一部の鉄道会社では鉄道運賃へのダイナミック・プライシング(変動運賃制)の導入が検討されている。季節別・時間帯別に料金を変更するダイナミック・プライシングは航空券や高速バス運賃、宿泊料金では既に定着している。2020年7月にJR東日本とJR西日本が混雑緩和やコスト削減を目的にダイナミック・プライシング導入検討を表明し、2021年5月には同制度の導入を検討することなどを盛り込んだ第2次交通政策基本計画が閣議決定された。同制度の導入により、需要の平準化を通じたピーク時間帯の列車本数の削減など固定費の減少が期待されている。
だが鉄道で通勤・通学する人の多くは定期券を利用する。単にダイナミック・プライシングを導入するだけでは効果が限定的になりそうだ。制度導入の際には定期券の在り方についても検討が必要だろう。この点、JR東日本は利用時間帯をオフピーク時に限定し価格を通常の定期券よりも安く抑えた「オフピーク定期券」を販売する案などを示している。また国土交通省が2018年に公表した報告書(※1)では、消費者団体の意見として、通勤定期券に一定額を上乗せし運賃に差をつける案が紹介されている。
通勤費は一般的に勤め先の企業が負担するため、鉄道運賃が変動しても利用者の負担感は変化しにくい。こうした中で需要の平準化は実現できるのだろうか。山田他(2020)(※2)では時間差料金制を導入した場合にどのように対応するかについてアンケート調査を実施したが、回答企業の約7割が「多様な働き方を推進する」、約5割が「始業時刻を朝のピーク時間帯以外に変更する」と回答した(複数回答)。また負担可能な上乗せ額を超過した場合、約4割の企業は「通勤定期代を一定の額まで支給し、一定の額を超過した分は個人負担とする」と回答した。ダイナミック・プライシングの導入で企業負担が増加する場合、従業員が一定程度を負担することで、費用負担軽減のためにピーク時の鉄道利用を避けようとするインセンティブが働くとみられる。
企業が業務フローや従業員の働き方などを見直す動きは感染拡大後に急速に広がったが、ダイナミック・プライシングの導入がこれをさらに加速させるかもしれない。混雑の緩和にとどまらず、経済社会に大きな影響をもたらす可能性があるため、ダイナミック・プライシングの動向に今後も注目したい。
(※1)国土交通省「都市鉄道における利用者ニーズの高度化等に対応した施設整備促進に関する検討会 報告書」(2018年9月28日)
(※2)山田敏之、田邉勝巳、安部遼祐「多様な働き方の時代における都市鉄道の混雑対策-時間差料金制等に対する企業の意識を踏まえて-」(運輸総合研究所第47回研究報告会、2020年7月22日)
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